賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え:第6回 大場谷地峠編(秋田)

 (『遊ROAD』1993年10月号 所収)

赤川温泉の究極の混浴温泉宿

 八幡平を越えるアスピーテラインと国道341号のT字路近くには、トロコ温泉(入浴料300円)と銭川温泉(入浴料300円)の、ともに一軒宿の温泉がある。これらの2湯に入ったあと国道341号で花輪に向かった。雨が降り始め、一気に激しい降りになった。

 国道341号沿いの東トロコ温泉(入浴料400円)、国道341号から2キロほど入ったところにある志張温泉(入浴料400円)と、これまた一軒宿の2湯の温泉に入り、山地から平地に下っていく。

 花輪盆地の中心、花輪に着くと、ぐるりと町をひとまわりし、久しぶりに町の匂いをかぐのだった。

 JR花輪線の花輪駅前をスタート。降りつづく雨の中、国道341号を走り、八幡平に戻っていく。豪雨といってもいいような大雨だ。

 アスピーテラインとの分岐点を通り過ぎ、大場谷地峠に向かって国道341号を走り、峠の手前で国道を左に折れる。500メートルほど走ったところにある一軒宿の赤川温泉が今晩の宿。目の前を流れる赤川の渓流は、大雨の影響で、ゴーゴーと渦を巻いてながれている。

 宿に入ると、まずは湯だ。

 混浴で、泉質の違う木の湯船が2つ並んでいる。男女が一緒になって、和気あいあいと湯船に入っている光景はなんとも心なごむもの。日本の混浴のよさをしみじみと感じる。 10人くらいの人たちが入っている。オジイチャン、オバアチャン、オジチャン、オバチャンが主だが、その中に一人だけ、30代の色白の女性がいた。湯につかりながら、洗い場に上がった彼女の姿をチラッ、チラッと盗み見する。ポッとピンクに染まった肌がなまめかしい。

 赤川温泉は湯治宿で、湯の中でみなさんと話をしたが、1週間とか、10日といった長期滞在者が多かった。誰もが口をそろえて、

「ここの湯は体によく効く!」

 と、いっている。

 夕方、5時になると、「カラーン、カラーン」という鐘の音とともに、夕食が始まる。 自炊棟の泊まり客は各自が自炊するが、食事つきの泊まり客は大広間で一緒に食事をする。茨城から来た夫婦と、神奈川から来た男の人と隣りあった食べる。ビールを飲み、時間をかけてゆっくり食べながら聞くみなさんの話がおもしろかった。

 茨城からの夫婦はご主人の退職後、2人そろって旅に出、板東33ヵ所、秩父34ヵ所西国33ヵ所の“日本100観音霊場”のすべてをまわったという。その影響もあって、ご主人は今、観音像の彫刻に夢中なのだという。

 神奈川県の男の人は、大病を患ったあと、赤川温泉の湯がよく効くといわれ、頻繁に来るようになった。今では、すっかり元気だ。“渓流釣り師”で、地元の人たちでさえ知らないような沢にまで入り、イワナを釣っている。一番恐ろしいのクマだという。何度かクマに出くわしたのだが、そのときの様子、恐怖感を臨場感たっぷりに話してくれた。

 湯治が体にいいのは昔からよく知られているところだが、それはたんに温泉の湯の効果だけではなく、湯治宿での人と人との結びつきの効果もきわめて大きいのではないかと思わせる赤川温泉だった。

(そんな赤川温泉もその後、後述の澄川温泉とともに大土石流に流され、今はない)

大場谷地峠を越えて玉川温泉へ

 翌朝も「カラーン、カラーン」という鐘の音とともにはじまる朝食を食べ、赤川温泉を出発。ありがたいことに晴れている。赤川温泉のすぐ近くからダートに入り、5キロほど走ったところにある一軒宿の澄川温泉にいき、「澄川温泉」(入浴料400円)の混浴の露天風呂に入る。地熱が高く、露天風呂のまわりの石段は裸足では歩けないほど。宿は旅館部と自炊部に分かれているが、自炊棟はオンドル式になっている。

 国道341号に戻り、大場谷地峠を登っていく。峠周辺が八幡山麓の高原状の地形なので、この峠を意識する人はあまりいないが、秋田県の2大河川、北の米代川と南の雄物川の水系を分ける重要な峠になっている。

 標高965メートルの大場谷地峠に到着。峠周辺は“谷地”の名前どおりの湿地になっているが、秋北バスのバス停「大場谷地」に隣り合った駐車場にRMXを止め、木道のつづく湿原を歩く。ニッコウキスゲの花が咲き乱れ、湿原全体を山吹色に染あげている。シャクナゲの可憐な花が、その中に点々と咲いている。木道がつきると、深い森の中に入っていく。沢に降り、手で水をすくって顔を洗う。

 大場谷地峠を越えると玉川温泉。かつては山間の秘湯だったこの温泉も、今では超人気で、1年前に予約を入れてもなかなか部屋が取れないほどの盛況だ。一軒宿「玉川温泉」(入浴料400円)の大浴場に入る。「アレッ!」と、思わず声を出してしまったが、大浴場を半分に分け、男女別々の湯になっているではないか。

 その前にきたときは脱衣所は男女別々だが、中で一緒になる混浴の湯だった。大浴場に入るなり、「エー!」っと、びっくりしたような声を上げたオバチャンの顔を思い出してしまったが、それも今は昔。緑がかった、チクチクと肌を刺すような強酸性の湯だけが、そのときと変わりがなかった。

 玉川温泉では、「玉川温泉自然研究路」の遊歩道歩きがおもしろい。

 大噴ではPH1・2という日本一の強酸性の、それも98度という超高温の湯が、毎分9000リットルも吹き出している。桁外れの湯量だ。湯畑では、硫黄泉のその流れを木枠で組んだ樋に通し、“湯の花”を採っている。このような玉川温泉を水源とする雄物川最大の支流、玉川は、古くから“玉川の毒水”として流域の人々に恐れられてきた。かつて、この水を田沢湖に引いたために、魚類が死滅したこともある。

「玉川温泉自然研究路」の一番奥、蒸気が無数の小さな孔から吹き出しているところでは小屋掛けした中にゴザを敷いて、女性たちが、まるで魚市場に並んだマグロを見るかのように、ゴロゴロとという感じで横になっていた。うっかりのぞいてしまったが何か、いけないものを見てしまったような気がした。

 そんな湯小屋のまわりでは、茨城県からきたというオバチャンたちが、輪になって、話に花を咲かせていた。

「兄さん、食べていきなさいよ」

 と、声を掛けられ、蒸気で蒸かしたジャガイモや温泉たまご、キューリの漬物、さらには生野菜のサラダから飲み物と、次から次へと出してくれた。ぼくも遠慮はしない。オバチャンたちは毎年ここにくるとのことで、玉川温泉のこの蒸気浴&岩盤浴は万病に効くという。玉川温泉に宿を取るのは難しいので、別な温泉宿に泊まり、マイクロバスでやってくるというのだ。

「私の息子もバイクが大好きなのよ。30を過ぎてもまだ独身で‥‥。女よりもバイクのほうがいいんだ、なんていっている。兄さんも、その口なんでしょ。え、子供が3人もいるの?」

 オバチャンたちと過ごした一時は、楽しいものだった。最後は手を振りあって別れ、玉川温泉をあとにするのだった。

乳頭温泉郷の孫六温泉の露天風呂

 玉川沿いに国道341号を走る。

 一軒宿の新鳩ノ湯温泉(入浴料300円)の湯に入り、玉川ダムのわきを通り、田沢湖近くで国道を左折。秋田・岩手県境の乳頭山(1478m)山麓の乳頭温泉郷へと登っていく。RMXのバックミラーをのぞきこむと、田沢湖がよく見える。

 水沢温泉では、日帰り入浴と湯治自炊の設備のある「水沢温泉」(入浴料400円)の大浴場と大露天風呂に入り、田沢高原温泉では「国民宿舎駒草荘」(入浴料400円)のおなじく大浴場と大露天風呂に入り、いよいよ、乳頭温泉郷の温泉めぐりを開始する。

 まず第1湯目は、鶴ノ湯温泉(入浴料400円)だ。乳頭山に向かう舗装路を左折し、4キロほど走ったところにある。乳頭温泉郷の7湯は、どこも一軒宿の温泉で人気が高いが、とくに鶴ノ湯温泉は秘湯人気にわいている。夏休みの最中ということもあって、4駆やバンでやってくる家族連れが多かった。

 鶴ノ湯温泉は、寛永15年(1638年)には秋田藩主の佐竹義隆が湯治にきたという乳頭温泉郷最古の湯。傷ついた鶴が湯で傷を癒したところからこの名がある。

白湯、黒湯、中ノ湯、滝ノ湯と、泉質の違う4つの湯があるが、混浴の露天風呂の湯の白さが印象的だ。

 さきほどの舗装路に戻り、さらに登っていったところに、第2湯目の「田沢湖高原国民休暇村」(入浴料400円)がある。ここの湯は“乳頭の湯”と名づけているので、乳頭温泉としておこう。乳頭温泉郷の玄関口のようなところで、ここで道は二又に分かれているが、まずは左へ。

 第3湯目の妙ノ湯温泉(入浴料400円)、第4湯目の大釜温泉(入浴料400円)、第5湯目の蟹場温泉(入浴料400円)と、一軒宿の温泉の湯に次々に入り、また「田沢湖高原国民休暇村」まで戻った。

 今度は右へ。舗装路は第6湯目の黒湯温泉(入浴料400円)で行き止まりになる。ここではブクブクと音をたてて熱湯が吹き出している湯元を見たあと、混浴の露天風呂に入った。

 そして今晩の宿は、第7湯目の孫六温泉。黒湯温泉の先の駐車場にRMXを止め、渓谷に下り、橋を渡った対岸にある一軒宿の「孫六温泉」に行く。

 夕食を食べ終わると、カンビール2本を持って、混浴の露天風呂に入る。長湯できる湯温。やがて、若いカップルがやってくる。女性はバスタオルをギュッと体に巻きつけている。ぼくが冗談半分で、「こんなに暗いのだから、見えませんよ」というと、彼女はバスタオルをとった。だが、いくら暗いからといっても、裸電球の明かりがもれてくる。その明かりをとおして見える彼女のまっ白な裸身がまぶしかった。

 2人は札幌からやってきた。苫小牧からフェリーで八戸に渡り、東北をまわりはじめた最初の宿泊が孫六温泉。これから3、4日かけて東北各地をまわるという。

“札幌のカップル”の次には、“東京の登山者2人組”がやってきた。乳頭山を登ってきたということだが、2人とも、相当の温泉通。長野県の本沢温泉、中房温泉、小谷温泉、新潟県の蓮華温泉、富山県の黒部峡谷の温泉群‥などがいいと、秘湯・名湯がポンポンと飛び出し、湯の中での秘湯談義でおおいに盛り上がった。

“東京の登山者2人組”が湯から上がり、チビチビ飲んだカンビール2本が空になったところで、ぼくも混浴の露天風呂を上がるのだった。

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管理人コメント:

>ぼくが冗談半分で、「こんなに暗いのだから、見えませんよ」というと、

>彼女はバスタオルをとった。だが、いくら暗いからといっても、裸電球

>の明かりがもれてくる。その明かりをとおして見える彼女のまっ白な

>裸身がまぶしかった。

混浴詐欺師ですね(笑)。ま、逆バージョンもあると思いますが…。