賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え:第5回 見返峠編(岩手・秋田)

 (『遊ROAD』1993年10月号 所収)

日本一の秘湯地帯に挑戦!

 岩手・宮城県境の奥羽山脈のうち、北の八幡平と南の乳頭山、さらには“岩手富士”の岩手山を含めた一帯は、“日本一の秘湯地帯”だ。

 このエリアには、ゴロゴロという感じで秘湯が点在している。

 岩手県の県都、盛岡を出発点にし、そして終着点にする「盛岡→盛岡」のコースで“日本一の秘湯地帯”に挑戦した。

 国道4号→国道282号と、八幡平の見返峠を越えるアスピーテライン、湿原のある大場谷地峠を越える国道341号、仙岩峠を越える国道46号の、これら4本のルートに囲まれた一帯の全33湯を湯破(とうは)しようと思うのだ。

“日本一の秘湯地帯”の完全湯破を目指して東京を出発したのは1993年7月24日のこと。バイクは「インドシナ一周一万キロ」を走ったスズキRMX250Sだ。

 さて、東京出発は0時。首都高速から東北道に入り、真夜中の高速道路を北へ北へとひた走る。一気に盛岡まで突っ走るつもりでいたが、猛烈な睡魔に襲われてダウン…。途中の上河内SAや国見SAなどで眠ってしまい、東京から550キロの盛岡到着は、11時50分だった。

「まあ、仕方がないか‥‥」

 と、JR盛岡駅前を走りはじめる。夏とは思えないような冷たい雨が降っている。

「早く温泉に入ろう!」

 と、はやる気持ちを抑えきれずにRMXのアクセルを開き、国道4号を北へ。

 分岐点の“滝沢分かれ”から津軽街道の国道282号に入っていく。

「さー、いよいよ、温泉だ!」

 待望の第1湯目は、岩手山北東麓の焼走り温泉。一軒宿の温泉で、「いこいの村岩手」(入浴料520円)にある近代的な建物。設備の整った大浴場の湯に身を沈めていると、東京から走りつづけてきた疲れも、冷たい雨に降られつづけた辛さも、一瞬のうちに吹き飛んでしまう。これが温泉効果で、心の芯まで晴々としてくる。

 つづいて第2湯目、西根温泉の一軒宿「ゲンデルランド」(入浴料1200円)の湯に入り、大浴場の湯につかる。そのあと、大浴場内の寝湯、泡湯、檜風呂、打たせ湯と湯をめぐり、さらに露天風呂に入り、最後に水風呂に入った。

 湯から上がると、ふやけた体でRMXに乗り、西根町の中心、大更に出、そこで遅い昼食。ぼくのツーリングメニューの定番、ラーメンライスでパワーをつけ、秘湯の本場、八幡平に入っていく。

松川温泉の混浴露天風呂

 西根町の大更から岩手県道西根八幡平線を走りはじめてまもなく左折し、8キロほど走り、岩手山の“焼走り溶岩流”を見にいく。

 岩手山の最後の噴火は、享保4年(1719年)とのこと。その際、北東側の小火口から流れだした溶岩流が“焼走り溶岩流”。焼走りとは、なんとも実感のこもった形容で、そのときのドロドロに溶けたまっ赤な溶岩の流れのすさまじさが、目に浮かんでくるようだ。霧の漂う“焼走り溶岩流”のただ中に立つと、あまりの荒涼とした風景に、背筋が冷たくなるほど。

 岩手県道西根八幡線に戻り、10キロほど走ると、東八幡平交通センターのある交差点に出る。そこから1キロほど入ったところが第3湯目の東八幡平温泉。ホテル、旅館、ペンションなどが20軒ほどある八幡平周辺では最大の温泉場。ここでは、入浴のみの「森乃湯」(入浴料700円)に入った。

 第4湯目は、東八幡平交通センターのある交差点まで戻り、そこから山中へ、8キロほど走ったところにある松川温泉。岩手山の西、松川の渓谷沿いにある温泉で、周囲はブナやナラなどの樹林で覆われている。緑豊かな温泉地。日本初の地熱発電所がある。

 松川温泉には「松川荘」、「峡雲荘」、「松楓荘」と3軒の温泉旅館があるが、そのうち「松川荘」(入浴料300円)に行き、内風呂のあと、混浴の露天風呂に入る。露天風呂からは音をたてて蒸気が噴き上げている。すさまじい光景。湯は乳白色している。源泉は86度、単純硫化水素泉の温泉だ。

 広々とした「松川荘」の露天風呂を独り占めするかのように、体を思いっきり伸ばして湯につかる。だが、熱い湯なので長湯はできない。

「さ、上がろう」

 と、露天風呂から上がり、男女別になっている脱衣所に入ったときに、華やいだ若い女性たちの声が聞こえてくるではないか。すでに体は火照り、かなりののぼせ状態だったのにもかかわらず、あわてて湯に戻った。

「わー、大丈夫よ。ほら、この白いお湯なら見えないからいいわね」

 といいながら、あっけらかんとした態度で、20歳過ぎぐらいの若い女性3人が、タオルで体を隠してやってくる。なにしろ熱めの湯なので、彼女ら3人は、そうそう長くは湯につかっていられない。彼女たちはひんぱんに湯の中で立ち上がり、そのたびに、タオルからはみだした胸のふくらみを見せてくれる。いや、正確にいえば、見えてしまうのだ。ぼくはじっとこらえ、湯につかりつづけたので、ゆでダコのようになってしまった。

秘湯、藤七温泉の夜はふけて‥‥

 松川温泉から東八幡平の交差点に戻り、ふたたび、八幡平を目指して登っていく(なお松川温泉からそのまま八幡平の見返峠に登っていく樹海ラインもある)。雨こそ上がったものの、数メートル先も見えないような濃霧の中に突っこんでしまう。ところが、第5湯目、海抜1000メートルの御在所温泉まで登ると、雲海の上に出た!

 上空はまっ青な青空。目の前には、雲海を突き破って岩手山がそびえている。

「うーん、すごーい!」

 と、思わずうなってしまうほどの光景だった。

 御在所温泉では「八幡平観光ホテル」(入浴料500円)の湯に入り、無料化されたアスピーテラインで、見返峠を登っていく。

 岩手・秋田県境の、八幡平の見返峠に到着。この見返峠は、あまりなじみのない峠名。八幡平が高原状の地形なので、峠という意識が薄いからなのかもしれない。いっそのこと「八幡平峠」とでもしてくれれば、もっと知られる峠名になると思うのだが…。

 見返峠からの展望は抜群! 

 岩手県側では雲海の上に突き出た岩手山を眺め、秋田県側では夕日に染まって赤々と燃える山々を一望する。山あいでキラキラ光っているのは、完成まもない玉川ダムだろうか‥。胸を熱くして、峠からの夕暮れの風景に見入った。

 八幡平の見返峠から、松川温泉に通じている樹海ラインを2キロほど下ると藤七温泉。ここには、「彩雲荘」と「蓬莱荘」の2軒の温泉宿があるが、そのうち「彩雲荘」に泊まった。

 浴衣に着替え、ひと風呂浴びて大広間に行くと、すでに夕食がはじまっていた。泊まり客全員が、一緒になって夕食をとるのだ。ぼくの隣りは一人旅の女性。イワナの塩焼きをつつきながらビールを飲んでいると、彼女に話かけられた。

「あのー、バイクで旅しているのですか?」

「彩雲荘」の前には、もう1台バイクが止まっていたが、それが彼女のもので、夏休みをとって一人で東北各地をまわっているという。東京のOL。ツーリングライダー同士の連帯感で、彼女とは以前からの知り合いであるかのように、ビールを飲みながらおおいに話し、盛りあがる。

 夕食後、もっと飲もうよ、ということになった。

「8時になったら、あなたのお部屋に行くわ」

 と、彼女はなんともうれしいことをいってくれるのだ。東北の秘湯の宿で、若い女性と向かいあって飲むなんて‥。部屋に戻っても、8時になるのが待ち遠しくて、胸をときめかせてしまうのだ。

 8時ジャストに、コンコンとノックの音。彼女がやってきた!

 ビールを飲みながら、東北の地図を広げ、ああだ、こうだと話がはずみ、またしても盛りあがる。バイクという共通点があるので、話がつきない。窓を開けると、降るような星空。糸のように細い三日月が山の端に浮かんでいる。

「彩雲荘」には、混浴の露天風呂がある。

「ねー、一緒に入ろうよ!」

 と誘うと、

「だーめ。だって‥‥、わたしの小さな胸をあなたに見られてしまうでしょ」

 と、浴衣の上からでもはっきりとわかるくらいの豊かな胸を揺らしてそういうのだ。

 あっというまに、12時が過ぎた。ビールの空きビンだけが、ズラリと並んでいく。

 彼女は強い!

 またしてもぼくが誘う。

「ねー、ここのまま布団を並べて敷いて寝ようよ!」

「だーめ。だって‥、あなたは大丈夫かもしれないけれど、わたしがあなたのお布団にもぐり込むかもしれないでしょ」

 東北一人旅の“バイクの彼女”は、ほんとうにいいセンスをしているのだ。

 午前1時過ぎになって、2人っきりの宴会はお開きになったが、出会ったばかりの旅人同士がまるで10年来の友人のようにうちとけるられたのも、藤七温泉という秘湯のなせる技なのだ。

 翌朝、朝食を食べ終わると、“バイクの彼女”と握手をかわして別れ、ぼくが先に出発した。藤七温泉が見えなくなると、後髪が引かれるようで、胸がジーンとしてしまうのだった。

火山のデパートと温泉のデパート

 八幡平の見返峠に戻ると、峠の駐車場にRMXを止め、八幡平山頂(1614m)まで遊歩道を歩く。オオシラビソ(アオモリトドマツ)の原生林。遊歩道沿いには八幡沼やガマ沼、めがね沼、鏡沼などの火口湖があり、八幡平の風景にアクセントをつけ、目を楽しませてくれる。まだ、残雪がみられたが、雪溶けとともに、イワカガミやヒナザクラといった高山植物の可憐な花々が咲いている。

 このあたりはまた、野鳥の宝庫で、「ガーツガーツ」と鳴くホシガラスや、「ジューリジューリ」と鳴くメボソムシクイ、「フーヒーフーヒー」と鳴くウリなどが、亜高山帯の針葉樹林帯に生息している。

 山頂までは、プラプラ歩いても30分ほど。木でてきた展望台に登る。360度の眺望が目の底に焼きつく。

 那須火山帯に属する八幡平の周辺には、いろいろな火山がある。まるで、火山のデパートのようなものだ。八幡平は楯状火山のアスピーテ型、岩手山は成層火山のコニーデ型、後生掛温泉と玉川温泉の間にある焼山は釣鐘状火山のトロイデ型、藤七温泉近くのモッコ岳はアスピーテとトロイデの組合わさったアスピトロイデ型と、この狭い地域にひととおりのタイプの火山がそろっている。

 八幡平の見返峠を越え、秋田県側に入り、アスピーテラインを下っていく。秋田県側のこのルート沿いには蒸ノ湯温泉、大深温泉、後生掛温泉、大沼温泉と4湯の温泉がある。 第1湯目の蒸ノ湯温泉は、アスピーテラインからわずかに右手に入ったところにある一軒宿の、海抜1100メートルという高所にある温泉。周囲には蒸気がたちこめている。「ふけの湯ホテル」(入浴料400円)の男女別の露天風呂に入ったが、湯船からは、熱い、白濁色した湯があふれでていた。

 つづいて第2湯目は、大深温泉。アスピーテラインをはさんで蒸ノ湯温泉とは反対側にある。硫黄鉱山の跡から湧き出た温泉で、湯治専門の一軒宿「大深温泉」(入浴料400円)がある。自炊棟の床は、熱い蒸気が噴き上げているオンドル式なので、ポカポカと気持ちいい。内湯は木の湯船。源泉は95度という高温湯だ。

 第3湯目は、古くからの湯治の温泉として知られる後生掛温泉。「後生掛温泉」(入浴料400円)で入浴したが、ここは温泉のデパートのようなところで、いろいろな湯がある。大浴場は木の湯船。ねずみ色した湯は、いかにも体に効きそうだ。火山風呂は気泡湯で、泡がブクブクと湧きたっている。湯滝は打たせ湯。湯量が豊富なので、首筋を湯に打たれると、バイクに乗った疲れもすーっと抜けていく。泥湯は見た目には若干、気持ち悪いが、体に泥を塗りつけて湯を出ると、肌がツルツルしてくる。蒸し風呂は、蒸気の吹き出している箱の中に入り、顔だけをだすというもので、なんともユーモラス。

 後生掛温泉の温泉の持っているエネルギーの大きさを感じさせるのはサウナ風呂で、天然の蒸気を使っている。露天風呂がここでは唯一の混浴の湯だが、ほかの湯がすごいものばかりなのでなにかつけ足しのようで、チャチな感じがした。

 後生掛温泉からさらにアスピーテラインを下り、大沼湖の湖畔にある第4湯目の大沼温泉では、道路沿いの旅館兼食堂兼土産店の「八幡平レークイン」(入浴料400円)の湯に入る。湯から上がると昼食にし、満ち足りた気分で、R341との分岐点まで下っていった。