賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え:第4回 渋峠編(長野・群馬)

 (『遊ROAD』1993年8月号 所収)

長野道経由で渋峠下の中野へ

 午前5時、神奈川県伊勢原市の自宅を出発。天気は快晴。丹沢の東山麓の道を走り、相模湖ICで中央道に入る。スズキDJEBEL250を走らせ、渋峠下の中野に向かう。 諏訪湖SAで朝食。カソリの定番メニューの豚汁定食を食べる。

 中央道の岡谷JCTから長野道に入っていく。塩尻峠のトンネルを抜け出ると、前方にはズラズラッと残雪の北アルプスの高峰群が並んでいる。青空を背にした残雪の輝きがまぶしい。

 麻績ICを過ぎる。冠着山トンネルを抜け出て目の中に飛び込んでくる風景は圧巻だ。眼下に長野盆地(善光寺平)が広がり、町や村がその中に点在し、千曲川がキラキラ光りながら流れている。

 更埴ICを過ぎると、まもなく更埴JCT。そこから上信越道に入る。

 中央道の岡谷JCTから上信越道の更埴JCTまでが長野道ということになる。 

 須坂長野東ICで上信越道を降り、R403を行く。須坂、小布施と通り、リンゴやブドウの果樹園を見ながら走り、中野へ。長野盆地北端のこの町が、今回の峠、長野・群馬県境の渋峠への出発点になる。

湯田中・渋温泉郷の全湯制覇!

 中野からは国道292号を走り、渋峠を越え、群馬県の長野原へと下っていくのだが、その間では、1湯でも多くの温泉に入ろうと思うのだ。

 まず最初は、中野にほど近い湯田中・渋温泉郷。

 志賀高原山麓の湯田中・渋温泉郷は、横湯川と角間川が合流し、夜間瀬川となるあたりに点在する温泉群の総称。湯田中温泉、新湯田中温泉、星川温泉、穂波温泉、安代温泉、渋温泉、地獄谷温泉、上林温泉、角間温泉と、9湯もの温泉がある。温泉宿も全部合わせると100軒以上になる。どの温泉も湯量が豊富で、信州最大の温泉地になっている。

 長野電鉄の終点、湯田中駅前にバイクを止め、山ノ内町観光案内所で温泉案内の地図をもらい、それを駅待合室でカンコーヒーを飲みながら、じっくりとながめる。

 午前10時、いよいよ、行動開始だ。

 まずは第1湯目の湯田中温泉。ここには「白樺の湯」、「滝の湯」、「大湯」‥‥と共同浴場があるが、どこも鍵がかかっていて、合鍵がないことには入浴できない。

 ショック…。この湯田中・渋温泉郷のすべての共同浴場(上林温泉と地獄谷温泉には共同浴場はない)は、同じようなシステムになっているので、全湯制覇を難しいものにしている。

 だが“温泉のカソリ”、そのくらいのことではくじけない。湯田中温泉の共同浴場「大湯」前の「湯本旅館」で入浴を頼むと、浴室は清掃中とのことで入れない。次に「大湯」のななめ前の「花心屋」に行くと、宿のおかみさんはにこやかな笑顔で、

「いいわよ。さー、どうぞ」

 と、いってくれた。ありがたい。入浴料600円。熱い湯。水をガンガン流し込んで、やっと入れた。体を湯船に沈めると、ザーッと盛大な音をたてて湯があふれでていく。肌があっというまにツルツルしてくる無色透明の湯。こうして第1湯目に入ることができ、「うーん、よかったなあー!」

 と、湯につかりながら思うのだ。

 第2湯目の新湯田中温泉では「ホテル昭和園」(入浴料300円)、第3湯目の星川温泉では「志なのや」(入浴料500円)、第4湯目の穂波温泉では「つるや」(入浴料500円)、第5湯目の安代温泉では「安代館」(入浴料500円)と、入らせてもらったが、狭いエリアでの温泉の連チャンなので、かなり湯疲れがひどく、グッタリしてくる。

 そんな体にムチ打って、第6湯目の渋温泉へ。湯田中・渋温泉郷の中では、最大の温泉地だ。温泉の歴史もきわめて古く、開湯は嘉元3年(1305年)にまでさかのぼるという。老舗の温泉宿が小路に軒を連ねているが、渋温泉には温泉情緒が色濃く漂っている。 ここには全部で9ヵ所の共同浴場があるとのことで、そのうちの「五番湯」前の店の主人が鍵を貸してくれたのだ。そのおかげで渋温泉の湯に入れたが、

「渋温泉には、今度は泊まりで来よう。そのときには、一番湯から九番湯までの共同浴場の全部に入ってやる!」

 と、思いつつ、五番湯の湯から上がるのだった。渋温泉では、泊まった宿で共同浴場の合鍵を貸してくれるとのことだ。

 第7湯目の地獄谷温泉は、渋温泉から2キロほど山中に入った一軒宿の温泉。露天風呂は熱くて入れず、内風呂の檜風呂もまるで熱湯。水をザーザー入れたが、水圧で蛇口が湯の中に落ち、それを拾い上げようとして腕を火傷した。いやはや、温泉に入るのも楽ではない‥。温泉で火傷するとは‥。

 第8湯目の角間温泉は、湯田中・渋温泉郷のなかでは一番ひなびた温泉。しっとりとした情感が漂っている。ここでは店で300円を払い、鍵を借り、共同浴場の「大湯」に入った。

 最後の第9湯目は上林温泉。「せきや旅館」(入浴料300円)の湯に入ったが、湯田中・渋温泉郷の全湯制覇を成しとげ、その達成感もあって、

「やったネ!!」

 と、一人、湯の中でガッツポーズをとるのだった。

日本の国道最高所の峠、渋峠

 15時30分、湯田中・渋温泉郷を出発。5時間半をかけての全9湯制覇ということになる。昼食を抜いて温泉に入りつづけたので、もうフラフラだ。

 ボーッとする頭でDJEBELに乗り、渋峠を目指して国道292号を走りはじめる。 標高1000メートル地点を通過する。周囲の山々の緑が色鮮やかだ。

 澗満滝の展望台で停まる。国道から徒歩1分で登れる展望台だが、展望台から滝までの距離が遠いので、高さ107メートルという澗満滝も、迫力はいまひとつといったところだ。しかし、若山牧水の「草津より渋へ」の碑が建っているこの展望台は、渋峠への途中の立ち寄りスポットといえる。

 志賀高原に登ると、道路わきのところどこには、雪が残っている。琵琶池や丸池、蓮池などの高原の池がきれいだ。志賀高原には河原小屋温泉、発哺温泉、木戸池温泉、熊ノ湯温泉など何湯もの温泉があるが、残念ながら今回はパス。また、別な機会に入ろう。

 熊ノ湯温泉を過ぎると、一気の登り。渋峠に近づくにつれて雪の量は多くなる。

 湯田中・渋温泉郷から20キロ登ってたどり着いた渋峠は、まだ十分にスキーのできる積雪量。カラフルなウエアのスキーヤーたちが、季節外れのスキーを楽しんでいた。

 長野・群馬県境の渋峠は、横手山(2305m)と白根山(2138m)の間の峠で、標高2172メートル。日本の国道最高所の峠になっている。それに次ぐ第2位の峠というと、国道299号の八ヶ岳の北側を越える麦草峠で、標高2127メートル。渋峠は麦草峠に50メートルほどの差をつけている。

 渋峠を越え、群馬県に入り、峠下の草津温泉へ。那須火山帯に属する火山の白根山では山頂の火口湖、水釜、湯釜、涸釜のお釜を見てまわる。日本有数の火山の風景を目に焼きつけ、さらに峠道を下っていく。雄大な風景だ。急勾配の下り坂。“日本三名泉”にも数えられている、温泉の代名詞のような草津温泉に着くと、温泉街の中心、湯畑の前にある無料の共同浴場「白旗乃湯」に入った。

上州の秘湯、尻焼温泉へ

 草津温泉から長野原まで、国道292号は2本のルートに分かれている。

 1本は旧草津道路経由、もう1本は六合村経由のルートだが、そのうち後者の六合村経由のルートを走る。白砂川の谷間に下ったところで国道405号(野反峠を越えたところで行き止まり)にぶつかるが、ここでいったん国道292号と別れ、国道405号で上州の秘湯、尻焼温泉に行き、「明星屋旅館」で一晩、泊まった。

 何種もの山菜料理が膳に並んだ夕食を食べ終えると、タオルとカンビール2本、宿で借りた懐中電灯を持って、宿の前を流れる長笹沢川をせき止めた無料湯の天然大露天風呂に入りにいく。

 川底から熱い湯がブクブクと音をたてて湧き出ている。その上に尻をのせようものなら「アッチチッチー」

 ということになる。まさに、“尻焼”の名前どおりの温泉なのだ。

 ちょうどいい湯加減の場所を探し、湯の中で体を延ばし、ザラザラと音をたてて降ってくるかのような星空を見上げながらカンビールを飲んだ。無上の幸福感!

 2時間以上も湯につかり、長湯したのだが、たえず川の冷たい水が流れ込んでくるのですこしものぼせない。長湯するのには最適の湯なのだ。

 翌朝も、目をさますとすぐに、露天風呂に入りにいく。昼間だと、水着姿の女性たちと一緒に入ることの多い尻焼温泉たが、夜間とか早朝は“正統派入浴客”が大半で、男女ともに水着など誰もつけてはいない。そこで、ついつい、タオル1枚で体を隠した湯上がりの若い女性に目がいってしまう。タオルからはみだした胸がピンクに染まっている。たまらない眺めだ。

 宿での朝食後、名残おしい尻焼温泉を後にし、最後は白砂川沿いの温泉めぐりをする。 第1湯目は、花敷温泉。ここでは「中村屋旅館」(入浴料300円)の湯に入る。

 第2湯目は、応徳温泉。村営「六合山荘」(入浴料300円)の湯に入る。

 第3湯目は、一軒宿の湯ノ平温泉。駐車場にDJEBELを止め、わずかな距離だが、歩いて山道を下り、白砂川にかかるつり橋を渡り、温泉旅館の「松泉閣」(入浴料500円)に行く。ここの露天風呂は最高。白砂川の渓谷美を堪能しながら湯につかる。

 湯ノ平温泉から上がると、白砂川沿いに走り、国道292号に合流し、長野原へ。

 長野原からは国道145号→国道146号で浅間山麓の峠、浅間越を越え軽井沢へ。

 佐久ICから上信越道→関越道で東京に戻るのだった。