賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

韓国食べ歩き:第1回

 (「あるくみるきく」1987年1月号、所収)

ソウルの「エメラルド・ホテル」

 1986年8月25日。成田発15時25分発の大韓航空KE703便は、成田を飛び立ってから2時間もかからずに、ソウルのキンポ(金浦)空港に着陸した。東京から北海道や九州に行くのとかわらないような短い飛行時間が、日本と韓国の距離の近さを感じさせた。8月下旬のソウルは残暑が厳しく、東京と変わらない暑さだった。

 今回は日本観光文化研究所の神崎宣武さんと一緒にソウルにやってきたのだが、私たちは暑さが大好きなので、暑いという理由だけでうれしくなってしまった。私たちはこれから何日かの韓国滞在中、韓国食を食べ歩くつもりでいた。

 神崎さんはこの数年来、何度か韓国に来ている。ソウルの繁華街のひとつ、チョンロ(鐘路)区に定宿にしているホテルがあるというので、タクシーで向かった。

 空港から都心までの間、私は車窓を流れていく風景に目をこらした。

「変わったなあ!」

 それがソウルの第一印象だった。

 私は韓国には10年ぶりで来たが、高度経済成長の道を突っ走ったこの国の、10年間の変貌ぶりには目を見張らされた。幹線道路はすっかり整備され、韓国製にヒュンダイ(現代)やデーウ(大宇)の乗用車が疾走し、都心に入ると高層ビルが林立している。道行く人たちの服装を見ても、東京と変わりがないほどファッショナブルになっている。ソウルはすっかり近代的な都市としての体裁を整えていた。

 私たちが目指した「エメラルド・ホテル」はチョンノ区のナクウォンドン(楽園洞)にあり、東京でいえば下町のビジネスホテルといったところだ。ただし、部屋はオンドル(温突)を備えた韓式。

 このホテルは私たちの目的をかなえるのには絶好の位置にあるといえた。歩いて1分もかからないところに市場があり、周辺には食堂が軒を連ね、マッカリ(濁酒)を飲ませる居酒屋があり、屋台が何台も出ている。すこし足を延ばせば、高級料亭もある。

 さらにうれしいことには、骨董屋がずらりと並んでいるインサンドン(仁寺洞)も、目と鼻の距離だ。高麗の青磁や李朝の白磁、書画などが、店内に所狭しと置かれていた。