賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

(16)「50㏄バイク日本一周」(1978年)の「食堂の薩摩美人」

 鹿児島の大隅半島では、あまりの空腹に耐えかね、日が暮れると早々に食堂に飛び込んだ。客はぼくのほかにはいなかった。我が目を疑うというのはこのことで、食堂の女性は若いころの大原麗子のようなすごい美人なのだ。

 そんな「食堂の薩摩美人」にみとれながら、焼き肉定食を食べた。

 肉はあまり食べないようにし、飯だけをおかわりした。丼飯を3杯も食べたおかげで彼女と話をするきっかけができた。

「私は学校を出て2年間、大阪で働いたんだけど、こっちに戻ってきたのよ。このあたりでは、若い人を見かけないでしょ。みんな都会に出ていくの。地元で働きたいと思っても役場とか農協ぐらいしか仕事がないのよね」

 ぼくは彼女ともっと話したくて、食べ終ったあとでコーヒーを入れてもらった。

「田舎は社会が狭いから息がつまってしまうわ。ちょっと何かすると、もう村中に話が伝わっている。まとまって休みももらえないから旅行にも出られない。自由がないのよね。だけど私が都会で“ハンワナニシチョンノ?(あなたは何しているの?)”といえば笑われる。だから、最後はたいてい故郷に帰ってくる。私も結婚するなら土地の人って、そう思ってるわ。もう22だから…」

「(日本一周の)プレゼントよ」

 といって、彼女はおかわりした飯代やコーヒー代をタダにしてくれた。

「がんばってね」

「食堂の薩摩美人」は店の外に出て、握手して見送ってくれた。暗い夜道を走っていても、アクセルを握る右手には彼女の手の暖かみがいつまでも残り、胸の中が明るくなってくるようだった。