賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの島紀行:第1回 屋久島一周・温泉めぐり

 (JTB『旅』2003年3月号所収)

「屋久島一周」の出発点は東海岸の安房だ。屋久島空港にも近い港町。ここで50㏄バイクを借り、島を一周しながら魅力的な屋久島の温泉、全5湯に入ろうと計画した。名付けて「屋久島一周・全湯制覇」計画。バイクの機動力を活かしたエリアの全湯制覇は「温泉のカソリ」の得意技。「さー、やるぞ!」と、「上山レンタカー」で借りた50㏄のカブにまたがり、安房港の岸壁に立った。

 屋久島を時計回りで一周する。その前に食事だ。安房の郷土料理店「いその香り」で早めの昼食にする。最初に「亀の手」を食べた。といっても本物の亀ではなく、形が亀の手に似た貝。店の人にいわせると、海亀の手は超美味だという。次にとれたばかりのキビナゴを若干、甘味のある島醤油につけて食べた。最後が地魚の握り。キビナゴとトビウオ、モハミ、ヒツオの4種が出た。モハミはブダイ、ヒツオはイスズミのことだという。

 屋久島の海の幸に大満足したところで、さっそく温泉を目指して走り出す。

 第1湯目は屋久島南部の尾之間温泉。安房からは15キロほど。ここにはいい共同浴場がある。入浴料が200円と安い。年中無休。入浴時間も7時から21時までと、すごく入りやすい。源泉は49・5度と申し分がない。島でも人気の温泉で、安房のみならず宮之浦からも車を飛ばして入りにくる人が多いという。男女別浴室。

 湯船の底の玉石の間からは、ブクブクと熱めの湯が湧きだしている。足の裏に感じる玉石の感触がいいし、その間から湧き出る湯は「いかにも温泉!」と実感させるものだ。泉質は単純硫黄泉。無色透明の湯で、若干の腐卵味があり、硫化水素の微臭がする。湯には肌にうすい膜が張るようなぬめりがある。湯につかりながら、さりげなく聞く地元のみなさんの会話が、「今、屋久島を旅している」という、よけいに盛り上がった気分にさせてくれる。ここは文句なしに、日本の島では一番の共同浴場だ。

 湯から上がり、地元のおばちゃんとちょっと立ち話をしただけで、「これ、食べなさい」といって屋久島名産のタンカンを袋に入れて持たせてくれた。冬の冷たい風に吹かれながらカブを走らせたが、温泉効果とタンカン効果の相乗効果で、いつまでもポカポカとあたたかかった!

 第2湯目は平内海中温泉。屋久島南部、平内の集落に近い海岸にある露天風呂。ここには全部で5つの湯船があるが、それぞれの湯船は微妙に湯温が違う。潮が満ちて来ると海水が湯船に入り込むので、干潮の2時間前後が入浴可能な時間帯になる。露天風呂入口の料金箱に100円玉を入れ、湯船の手前で靴を脱ぐ。脱衣所はないので、湯船のまわりの岩に脱いだ服をひっかけておく。湯温はジャスト適温。自然度満点の豪快な露天風呂につかる。目の前に広がる屋久島南端の海を眺めながら湯につかる気分は、もう最高だ。いうことなし! 飲湯も可で、コップに1杯、キューッと飲んだ。まさに自然の賜物。

 湯に中では、この露天風呂の主のような90を過ぎたおじいさんと一緒になった。毎日、欠かさずに入りにくるという。これが温泉のすごさなのだろう、おじいさんは足腰もしっかりしていて、とても90過ぎには見えない。畑仕事も山仕事も平気でやるという。もう1人、東京でのサラリーマン生活を早めに見切りをつけ、屋久島に移り住んだ人が一緒だった。「屋久島に移って寿命が延びましたよ」の言葉に実感がこもっていた。

 岩の上には若い女性が2人、座って海を眺めていた。ここは混浴の湯で、入口には「水着着用厳禁」の注意書きがあるので、2人にとってはちょっと入るのには辛い温泉だ。そこへどやどやっと、観光バスに乗った若い男女の一団がやってきた。彼ら、彼女らは湯船につかるのではなく、足湯だけを楽しんで帰っていった。

 ぼくは一昨年の3月から昨年の4月までの14ヵ月をかけて、50㏄バイクを走らせ、「島めぐりの日本一周」をした。その間では北は北海道の礼文島、利尻島から南は沖縄の与那国島、波照間島まで、全部で188島の島々をめぐった。50余湯の「島温泉」にも入った。その結果をもとにカソリ独断の「日本の島温泉・ベスト10」を選んだが、堂々の第1位は、この平内海中温泉だった。

 第3湯目は平内の隣の集落、湯泊の海岸にある湯泊温泉だ。ここはすっかり装いを新たにしていた。湯泊の集落から海岸に下る自動車道路が完成し、駐車場ができ、脱衣所とトイレもできていた。堤防の外側の海岸に新しい露天風呂がある。いちおう男女別になってはいるが、低い仕切りなので、お互いにまる見えだ。ひとつ残念なのは、ちょっと湯温が低いこと。その奥の波打ち際には、以前からの露天風呂がある。さらに岩壁の下にも小さな湯船の露天風呂。海草まみれになって湯につかる、この小さな岩窪の露天風呂の湯温が一番高かった。

 屋久島南部の3湯の温泉に入ったあと、屋久島北部へと舞台を移し、第4湯目の大浦温泉と第5湯目の楠川温泉に入った。屋久島北部の2湯はともに共同浴場の湯だ。

 大浦温泉は一湊の集落に近い海岸にある。小さな入江に共同浴場がポツンと1軒。屋久島の5湯の温泉の中では一番、秘湯の趣を漂わせている。入浴料の300円を入口の管理人室で払い、若干の濁り湯の湯船につかる。浴室の窓越しに海を見る。波が岩壁にぶち当たり、砕け散っている。湯から上がり、無料の休憩室で休んでいると、管理人が茶菓子と一緒にお茶を出してくれた。

 楠川温泉は屋久島一周道路から山中に入っていく。杉林の中に、やはりポツンと1軒、共同浴場がある。ここも入浴料は300円。小さな湯船で無色透明無味無臭の湯。アルカリ性単純温泉で源泉は25・8度。屋久島北部の温泉は大浦温泉もそうだが、屋久島南部の温泉群と比べると、泉温ははるかに低くなる。浴室の窓を開けると、目の前を渓流が流れている。渓流に覆いかぶさる緑の濃さが目に残る。とても冬とは思えない光景だ。

 こうしてそれぞれに趣の違う屋久島の5湯の温泉に入り安房へ。最後は「雨の屋久島」にふさわしい土砂降りの中を走り、すっかり日の暮れたころに安房に戻ってきた。第1弾目の「温泉めぐり」編の「屋久島一周」は103キロだった。

 安房では、民宿「あんぼう」に連泊した。そこを拠点に第2弾目の「林道めぐり」編、第3弾目の「岬めぐり」編と、さらに「屋久島一周」を走った。

「林道めぐり」編では10本の林道を走破したが、残念ながらその大半は舗装林道だ。だが、たとえ舗装林道でも、幹線の屋久島一周道路からはでは見られない豊かな自然を存分に味わうことができた。最長ダートは宮之浦林道で、行き止まり地点近くまでの往復20キロのダートを走った。強烈だったのは安房林道。標高1300メートルほどの終点まで登ると、雪が舞っていた。カブのハンドルを握る手はジンジン痛み、なんと南海の屋久島で凍傷寸前の目にあった…。屋久島は海岸地帯と山岳地帯ではまったく季節が違う。

「岬めぐり」編では、最北端の矢筈岬、最南端の浦崎、最東端の早崎、最西端の観音崎と屋久島の最東西南北端の岬をめぐった。このうち観音崎だけは岬への道がはないので、すぐ北の永田岬から海に落ち込む観音崎を眺めた。「温泉めぐり」、「林道めぐり」、「岬めぐり」の「屋久島3周」は471キロにもなった。カブよ、ご苦労さん!