賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリが選ぶ「ニッポン郷土料理」(4)山陽編

40、ばらずし(岡山)

“ばらずし”というのは、押しずしや握りずしに対しての散らしずしのことで、関東の五目ずしが関西ではばらずしになる。関西のばらずしのなかでもとくに有名なのは岡山南部の備前地方のばらずしだ。具を混ぜたすし飯の上に、さらにさまざまな具をのせた豪華絢爛の散らしずしで、見た目がなんとも華やか。何か祝いごとがあると、岡山人はばらずしをつくり、親戚や隣近所に配っている。ばらずしの具で欠かせないのが出世魚のサワラ。若魚のサゴシがヤナギとなり、成魚になるとサワラになる。とくに寒ザワラが好まれている。岡山駅の名物駅弁に“祭りずし”があるが、これもばらずしのことである。

41、ママカリの酢漬け(岡山) 

ママカリ(飯借り)というのは体長10数センチほどのイワシに似た海魚、サッパの瀬戸内海地方での異名で、この魚は北海道以南の広い海域に生息している。それだから正確にいうと岡山の魚という訳ではないが、キビナゴが鹿児島の魚であるのと同様、ママカリは誰がなんと言おうとやはり岡山のものなのだ。なんでママカリかというと、その味がよく、ご飯が足りなくなるほどで、隣の家に飯(まま)を借りにいくところから“飯借り”の名があるという。それだけよく岡山人はママカリを食べるということだ。ママカリは焼き魚にもするが、よく知られているのがその酢漬け。土産物にもなっているほどで、熱燗にした酒の肴には最高だ。ママカリは酢によく合う魚。酢でしめたママカリを使って、握りずし風のママカリずしにもする。

42、鯛の浜焼き(岡山)

この鯛の浜焼きは四国・香川県の名物にもなっているが、瀬戸内海をはさんだ対岸の岡山県でも昔からの名物である。備中の勇崎(現倉敷市)の浜でつくられた鯛の浜焼きは、毎年、松山(現高梁市)の城主に献上されていたという。土産物の鯛の浜焼きは、竹の皮でつくられた伝八笠に包まれ、なんとも趣がある。伝八笠から取り出した鯛の浜焼きをもう一度、蒸し焼きにするか、軽く焼くと骨からの身ばなれもよく、じつにうまく食べられる。さすがに“魚の王者・鯛”といったところだ。身を食べ終わったあとの骨や頭は今度は吸い物に入れて使える。上品な、さっぱりとした、いい味が出る。鯛は捨てるところがまったくない魚なのだ。

43、きびだんご(岡山)

岡山県といえば“桃太郎伝説”。県内のあちこちに伝説ゆかりの地がある。誰でも知っている

「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたきびだんご、ひとつ私に下さいな」

 の歌に登場するきびだんごの“きび”は吉備の国と雑穀のキビをひっかけたものだろう。吉備は備前、備中、備後、美作の4国に分かれ、現在は備後が広島県に一部になり、他の3国が岡山県になっている。吉備国は強大な力を持った国で、最後まで大和朝廷に刃向かった。その吉備国の中心が備前の一宮の吉備津彦神社と備中の一宮の吉備津神社のあるあたりで、この周辺には巨大古墳が数多くある。吉備津彦神社、吉備津神社の門前の名物団子が糯米とキビを原料とした「きびだんご」。現在の岡山名産のきびだんごはそれを品よく茶菓子風に改良したもので、安政3年(1856)創業の「広栄堂本店」が本家本元になっている。

44、ぶんず粥(岡山)

ぶんず粥の“ぶんず”というのは、インド原産の豆、緑豆(りょくとう)のことである。緑豆からは小豆や大豆と同じように、もやしをつくっている。小豆粥というのは全国的に見られるが、この緑豆粥というのは珍しい。笠岡市を中心とする岡山県の西部地方でよくつくられるもので、煮た緑豆の中に米を入れて炊いた粥である。風邪をひいたときなどの病人食にいいといわれている。だが、この緑豆粥にしても小豆粥にしても、糅飯(かてめし)の色彩がきわめて強い。糅飯というのは糅(混ぜ物)を入れて炊いたご飯のことで、米を十分に食べられなかった日本人は様々な糅を飯に混ぜることによって飯を増量させ、大家族を養ってきたのだ。米余りなんていうのは、我が日本民族の長い歴史から見れば、ほんの昨日、今日のことでしかない。ぶんず粥のほかにぶんず汁粉やぶんず餅もある。

45、鯛めん(広島)

“鯛めん”というのは、焼き鯛とそうめんを組み合わせた豪華な料理で、祝い事には欠かせないハレの日の料理だ。日本人と鯛は切っても切れない関係にあるが、とくに瀬戸内海地方というと、鯛との関係がひときは深い。瀬戸内海が鯛の好漁場になっているからだろう。なにかというと鯛で、ご馳走も鯛づくしになる。さて、この鯛めんだが、鯛は「めでたい」、そうめんは「細く長く」ということで、めでたさがいつまでもつづきますようにという願いが込められている。鯛めんに日本人の心の細やかさを見るような思いがする。大皿に盛られた鯛めんは、祝いの宴もたけなわになると、上座のテーブルから下座に下げられる。それをみんなで取り分けて食べる。歯ごたえのある鯛の白身と腰のあるそうめんの取り合わせが絶妙で、特製のタレが味のよさを一段とひきたてる。日本一の鯛の名産地で知られる鞆ノ浦のある福山市の料理屋などで食べられる。

46、カキの土手鍋(広島)

カキ料理というと宮城県のカキ鍋がよく知られているが、松島湾から北につづく三陸海岸はカキの養殖の盛んなところ。だが、広島湾の沿岸はそれ以上のカキの大産地だ。「カキ海岸」ともいわれるほどで、波静かな海面には無数のカキの養殖筏が浮かんでいる。広島のカキ料理といえばカキの土手鍋だ。鍋の周囲に土手のように味噌を塗るところから“土手鍋”の名前がある。新鮮なカキとダシ汁に溶けた味噌の取り合わせが絶妙だ。カキのほかにはしらたきやネギ、焼き豆腐、シイタケ、セリなどを入れる。店によっては一人客用の土手鍋もある。このほかのカキ料理というと、酢ガキやカキ飯、カキフライが主なもの。新鮮なカキのうまさは格別で、いくらでも食べられるが、食べすぎには要注意。カキに当たると七転八倒の苦しみを味わうことになる。

47、アナゴ飯(広島)

ウナギに似ているアナゴは別に瀬戸内海の魚というわけではないが、瀬戸内海沿岸ではこのアナゴがじつによく食べられる。まず照り焼きにしてから種々の料理に使われるが、巻きずしには必ずアナゴを入れるし、ちらしずしや茶碗蒸し、酢の物にもアナゴを入れる。正月の雑煮にアナゴが欠かせないところもある。アナゴ飯はうな丼風に、あたたかいご飯の上にアナゴの照り焼きをのせたもので、濃厚な味のうな丼と比べると、さっぱりとした淡白な味わいになっている。日本三景のひとつに数えられている宮島には、アナゴ飯を名物にしている店がある。国道2号を走るときは、ちょっと宮島に立ち寄り、厳島神社に参拝し、その帰りにアナゴ飯を食べていこう。

48、ワニの刺し身(広島)

広島県北部の三次や庄原、比婆、世羅…で秋から冬にかけてのご馳走になっている。“ワニ料理”というと、一瞬、アフリカのナイル川や南米のアマゾン川を連想するが、ワニというのは“因幡の白兎伝説”にも登場する日本海のフカのこと。先に上げた三次や庄原、比婆、世羅などは中国山地の分水嶺を断ち割って日本海へと流れていく江川水系の流域の地方で、山陽側の広島県内とはいっても、川の流れによって山陰側と深く結びついている。このあたりが食文化圏の味なところだ。海から遠いこの地方では、昔は生魚の無塩(ぶえん)魚はほとんど食べられなかったが、唯一の無塩魚というと、山陰から入ってくる日持ちのよい“ワニ”だった。その食の伝統が今でも強く残り、祭りの料理というとワニ料理なのである。ワニには独特のくさみがあるので、新鮮な魚を食べなれた瀬戸内の海岸部の人たちには、ちょっと手を出しにくい料理ではある。ワニは刺し身のほかに焼きワニや吸い物などにする。日本の内陸部や山間部で新鮮な魚がごくふつうに食べられるようになったのは、流通機構が発達した、ほんの最近のことなのである。

49、ふく刺し(山口)

日本のフグの本場、下関ではフグのことをフクという。それだから“フグ刺し”も下関では“フク刺し”になる。フグは福を呼ぶ魚なのでフクなのだという。さすがにフグ料理の本場らしく、下関の町を歩いていると、「ふく料理」とか「ふく刺し」、「ふくちり鍋」といった看板を掲げた店を何軒もみる。下関ではすこし無理してでもフグを食べよう。数あるフグ料理のなかでも王様級は、このフグ刺しだ。三枚におろしたフグの身を薄く切り、それを大皿に菊の花びらを模して盛りつける。それはまさに食べる芸術品。見事な板前さんの包丁さばきだ。箸をつけるのがもったいないくらいなのだが、ひときれつまんでつけ汁につけ、口のなかに入れたときは感動ものだ。光沢のあるフグの切り身は淡白な味だが、かみしめるとかすかな甘味が口の中に広がる。身には粘りけもある。シコシコした歯ざわりもある。下関ではこの歯ごたえを「ひきがある」という。「ひきがある」フグがうまいフグで、トラフグ以外には、このひきがない。

50、ふくちり鍋(山口)

フグ料理のフルコースのメインディッシュといったところで、コンブでダシをとった湯の中にフグのアラとハクサイやシュンギクなどの野菜類、シイタケなどのキノコ類、生麸や紅葉麸、それと豆腐や餅を入れる。フグの白子(精巣)を入れることもある。白子は通にはこたえられないほど美味なものだが、フグの種類によっては有毒である。トラフグの白子は無毒だ。フグの内蔵の中でも特に毒性が強いのは真子(卵巣)と肝(肝臓)。テトロドトキシンというその毒性は煮ても焼いても消えず、青酸カリよりもはるかに強力。それだから、昔からフグを食べるのは冒険的な行為で、フグが鉄砲といわれるゆえんである。すなわち「当たれば死ぬ」からである。“ふくちり鍋”のことを“てっちり鍋”ともいうが、それは“鉄砲のちり鍋”からきている。

51、ふくのヒレ酒(山口)

ふたつきの湯飲み茶碗に、焦げるくらいに焼いたフグのヒレを入れ、熱燗の酒を注いだもの。フグヒレの味がジワジワッと酒にしみ込んでくる。ヒレ酒にするフグのヒレというのは背ビレ、胸ビレ、腹ビレで、尾ビレだけは使わない。ヒレ酒には、干しあげたトラフグのヒレを使うが、品不足の状態なので、最近ではシマフグやゴマフグのヒレも、トラフグと称して出回っている。店の人に、「これはトラフグのヒレですね」と一言、確認してから飲んだらいい。せっかく本場でフグのヒレ酒を飲むのだから、やはり一番うまいものがいい。フグ料理のフルコースを頼むと、まず、このヒレ酒が出てくる。ふくのヒレ酒を飲みながら、ふくちり鍋をつっつくのは、まさに冬の下関ならではの味わいだ。

52、ふくのみかわ(山口・下関市)

“みかわ”というのは“身皮”のことで、フグの身と皮の間についている部分なのだ。それをさっとゆで、紅葉おろしとワケギの薬味をのせ、醤油をかけて食べる。身以上にシコシコした歯ごたえだ。みかわには血液の循環をよくする作用があるとのことで、食べ終わると体がポカポカする(ような気がする)。このみかわには皮を添えることもある。ともにフグ料理中の珍味といったところだ。

53、こふく揚げ(山口)

“こふく”というのはフグの子供のことで、こふく揚げはフグの子供をカラリと揚げた唐揚げのことである。頭も骨もヒレも、まるごと食べられる。揚げたてをフーフーいってさましながら食べるのだが、これがうまいのだ。さっぱりとした味わいで、こふく揚げをつまみにして冷たいビールをキューッと飲んだ。ビールによく合う味だ。こうしてまるごと食べられるということは、(確かめてはないが)フグの子供には毒がないのだろう‥。

54、ふく雑炊(山口)

残ったふくちり鍋にご飯を入れて炊いたのがふく雑炊だ。フグ料理のフルコースを食べると、このふく雑炊が最後になる。飯の一粒一粒にフグのうまみがたっぷりしみ込んでいるので、これがまた、きわめつけのうまさだ。なんと上手な残り物の処理方法ではないか。残り物を逆手にとって、まったく別物の味に仕立てあげるところなど、これぞ食文化!

ほんとうにフグの好きな人は、さらに残った骨を揚げたものをパリパリと音をたてて、せんべいのようにして食べる。まったく残すところのないフグなのだ。

55、タコ飯(山口)

大島大橋で本土とつながっている瀬戸内の周防大島は山口県最大の島で、ここではタコツボを使ってのタコ漁が盛んにおこなわれている。タコ漁の船に乗せてもらい漁の様子を見せてもらったことがあるが、漁が終わると、漁師さんの家でタコ飯をご馳走になった。とれたてのタコを細かく刻んで混ぜ合わせた素朴な炊き込みご飯なのだが、タコの味とほのかな潮の香がご飯にのり移って、なんともいえない味のよさなのである。しみじみと“海の幸”を感じた。魚介類というのは、やはり新鮮なものが一番だ。この地方ではハレの日にはタコに赤飯を詰め込んだタコ飯にする。

56、茶粥(山口)

茶粥というと関西の大和や河内が有名だが、周防大島でもごく普通に食べられている。毎朝、茶粥を炊いているという家のおばあさんに、茶粥を炊くところを見せてもらいながら話を聞いたことがある。

「茶粥というのは、あまりねばらないで、さらっとさせるのがつくり方のコツですね。茶粥に芋や豆を入れることもあります。そのつくり方ですが、まず最初に、お茶を茶袋に入れます。お茶は番茶のコチャ(粉茶)です。次にクド(かまど)にのせた鍋や釜でお湯をわかします。その中に茶袋を入れます。昔はカンス(茶釜)を使っていました。湯が沸騰してきたところで、研がないままのお米を入れ、出来上がった熱い茶粥をフーフーいってさましながら食べます」

ぼくも出来上がった茶粥を食べさせてもらったのだが、その熱いこと熱いこと。味よりも茶粥の熱さが強烈な印象となって残っている。