賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

シルクロード横断:第8回 蘭州→武威

「シルクロード横断」では毎朝、夜が明けると目覚め、シャワーを浴び、さっぱりした気分で町を歩くのがぼくの日課になっていた。ところが蘭州では「中国風邪」にすっかりやられ、体調を崩してしまい、それができなかった。だが、夜明け前ごろにわずかでも寝られたので、すこしは体が楽になった。

 ということで7時、起床。7時30分、朝食。8時、出発。

 いつものようにメンバー全員で「目指せ、イスタンブール!」、「エイエイオー!」と気合を入れて走り出す。「中国風邪なんかに負けていられるか!」といった気分でスズキDR-Z400Sを走らせた。

 蘭州の中心街の交差点で見た道標が印象的。直進は「新疆」、右折は「青海」とある。「新疆」は我々がこれから向かう新疆ウイグル自治区への道、「青海」は青海省への道のことで、蘭州からだと青海省の省都、西寧が近い。

 蘭州からは「河西回廊」を行く。2本の山脈にはさまれた回廊のように細長くつづく低地、そこをシルクロードは通っている。南側の山脈は邦連山脈。前日モーターボートに乗って黄河を逆上ったが、そのとき白塔山の下でUターンした。黄河から見た標高1700メートルの白塔山が邦連山脈の東端にあたる。その山上に白塔寺の白塔がある。河西回廊北側の山並みの向こうはゴビ砂漠だ。

 12時、昼食。地図にものっていないような田舎町の食堂での昼食。麺&ハンバーグを食べたが、調理場で麺づくり、中国風のハンバーグづくりを見せてもらった。いやな顔もされないで見せてもらえるのが、「食文化研究家」のカソリさんにとってはなんともありがたいことだった。

 昼食後、食堂の片隅ですばやく5分間、寝た。この「5分寝」は絶大な効果。とくに体調を崩しているときなどで満点の効き目。「5分寝」で体がさっぱりしたところで、今日の宿泊地の武威に向かった。

 16時30分、武威に到着。蘭州からは290キロの距離。さっそく武威の町を歩く。ここには明代に建立された「文廟」があるが、ここの目玉は「西夏碑」だ。

 西夏は11世紀中頃からおよそ200年間、現在寧夏回族自治区と甘肅省の全域を支配していた遊牧民族国家。1227年、西夏はチンギスハーンの率いるモンゴル軍に抵抗したため、完膚なきまでに破壊され滅亡した。この西夏滅亡とともに歴史から消えていったのが西夏文字。そんな西夏文字の石碑が「西夏碑」だ。

 武威のホテルのレストランで夕食。いつのような大変なご馳走。その中でぼくの目を引いたのはくず餅風の食べ物。「涼粉」だという。さらによく聞いてみると「キャッサバ粉」からつくったものだという。キャッサバといえば南米のアマゾン川流域の低地が原産地。ぼくはアフリカの旅が長かったが、キャッサバにはほんとうにお世話になった。アフリカの広範囲な地域でキャッサバは主食になっている。そんなキャッサバを武威で食べていると、世界をダイナミックに駆けめぐる「食文化」にあらためて心ひかれる思いがした。

 その夜はメンバーの一人、長谷川さんからいただいた薬を飲んだ。そのおかげでひと晩、ぐっすりと眠れた。「眠り」の威力というのはすごいもので、おかげでぼくの体調は急速に回復した。しかしこの「中国風邪」が完治するまでには、さらに半月ほどの日数がかかった。ぼくと同じような「中国風邪」にやられたメンバーはほかにも何人もいたし、それが原因で日本に帰ったメンバーもいた。

「中国風邪」、恐るべし!

昼食を食べた田舎町
昼食を食べた田舎町

食堂での麺づくりを見る
食堂での麺づくりを見る

国道312号での休憩シーン
国道312号での休憩シーン

ホテルの部屋から眺める武威の町並み
ホテルの部屋から眺める武威の町並み