賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの新・峠越え:神奈川(15)犬越路(いぬごえじ)

 秦野峠(神奈川-14参照)を越えようとした翌日(6月23日)は犬越路に向かった。西丹沢の険しい山並みを越えていく峠だ。秦野峠はおおいに期待して向かったが、犬越路は最初からバイクでは越えられないとわかっていたので、それほどの期待感はない。だが、バイクで無理ならば、絶対に歩いて峠までは登ってやるという覚悟だ。犬越路本来の峠道にはおおいに期待を寄せた。

 午前9時30分、伊勢原の自宅を出発。スズキDR-Z400Sを走らせ、前日と同じように国道246号を西へ。天気は今日もなんとかもちそうだ。秦野、渋沢、松田、山北と通り、中川温泉に通じる県道76号に入っていく。ロックフィルダムの美保ダムで休憩。ダム上を歩き、丹沢湖を眺めた。

 優美な永歳橋で丹沢湖を渡ると、県道76号を左折し、犬越路に向かう前に世附(よづく)峠に向かう。美保ダムは酒匂川の上流、世附川と中川川、玄倉川の3本の川の合流地点にできたダムだが、これら3本の川は合流して河内川になり、国道246号との交差点近くでもうひとつの流れ、鮎沢川と合流し、酒匂川になる。世附峠に通じる道はそんな酒匂川上流の世附川に沿っている。丹沢湖が途切れると世附の集落。そこにゲートがあって峠への道は通行止めだ。

 ぼくが初めて世附峠を越えたのは今から30年以上前の1975年。神奈川と静岡の県境の峠だが、神奈川側は大荒れのダート。必死の思いでこの世附の集落へと下った。そんな思い出が鮮やかに蘇る。当時は廃道同然のような道でも自由に走れたのだ。

 県道76号に戻ると、丹沢湖沿いに走る。湖が途切れると、信玄の隠し湯で知られる中川温泉、さらには最奥の集落の箒沢へ。そこには「箒杉」がある。推定樹齢は2000年。神奈川県を代表する古木。と同時に樹高45メートル、胸高周囲12メートルという巨木で、じつに目立つ大杉だ。「箒杉」前の「箒杉茶屋」で手打ちのそばを食べながら、間近に大杉を眺めた。

 箒沢から中川川に沿ってさらに奥に入っていくと、県道沿いに「西丹沢自然教室」(入館無料)がある。そこに展示されている2万5000分の1の丹沢の地形模型はよくできていて、丹沢の山並みのみならず、丹沢の峠がじつによくわかる。そこから1キロ行ったところが犬越路への分岐点。右折し600メートルほど登るとゲートで引き返した。

 犬越路を初めてバイクで越えたのは先の世附峠と同様、1975年のことだった。峠を貫くトンネルは完成していたが、山を崩しただけといった感じの峠道はすさまじいばかりのハードなダートで、岩の上を乗り越えて走るので、バイクがバラバラになるのではないかと恐怖感をおぼえたほどの激しい振動。そんな峠道を走り、犬越路を越えて道志川の谷へと下った。

 それ以降、犬越路は何度となく越え、真冬の雪道に挑戦したこともある。そのときは真っ暗やみのトンネル内であやうく氷山に激突するところだった。トンネルの天井から垂れ落ちる水が、路面にカチンカチンのとがった氷の山を造っていたからだ。間一発で避けれたが、激突していたらえらいダメージを食らうところだった。そんななつかしの犬越路も、近年はすっかりバイクでは越えられない峠になってしまった。

 分岐まで戻ると、今度は川沿いに直進。キャンプ場の前を通り、分岐から800メートルほど行くとゲート。直進する道は白石峠に通じている。峠までは3・8キロの表示があった。

 犬越路への登山道はその行き止まり地点から右に入っていく。峠までは2・5キロ。バイクを止め、歩いていく。東海自然歩道の一区間になっているが、けっこう荒れた登山道で、木橋が流されていて2度、3度と川渡をする。峠まであと700メートルという地点で渓流を離れ、一気に登っていく。きつい登りでヒイヒイいってしまう。大汗をかき、Tシャツは汗でビショビショ。おまけに激しく雨が降ってくる。やっとの思いで犬越路に到達。そこには立派な木造りの避難小屋ができていた。避難小屋の中に入り、ペットボトルのお茶を飲んで、ホッとひと息入れるのだった。

 標高1060メートルの犬越路山北町相模原市の境。旧津久井町相模原市と合併したからだが、神奈川県でも一番山深い峠が相模原市の境というのが、ちょっと信じられないような思いだった。戦国時代、甲州の武田軍は北条氏の小田原を攻めたが、そのとき信玄は犬を先導させてこの峠を越えたというので「犬越路」の峠名があるという。

 降りしきる雨をついて峠を下り、バイクに戻ったが、往復で2時間20分の犬越路中川温泉まで戻ると、雨はやんでいた。ここでは「ぶなの湯」(入浴料700円)に入り、峠道の登り下りで疲れきった体をもみほぐした。ほんとうに体にしみる「ぶなの湯」だった。中川温泉を最後に国道246号に出、伊勢原に戻った。

犬越路への道のゲート
犬越路への道のゲート

犬越路への川渡り
犬越路への川渡り

犬越路に到達!
犬越路に到達!