「南米・アンデス縦断」(32)
12月19日。6時に起きると、早朝のオルロの町を歩く。町はきれいに掃き清められている。天気は晴れ。すがすがしい高原の空気を吸って1時間ほど歩いた。
「ホテル・スクレ」に戻ると朝食。パンとチーズ、ジュース、フルーツの朝食を食べ、、オルロを出発。アンデス高地(アルティプラノ)を貫く国道1号を行く。
リャマを放牧している村々がつづき、やがてミニ・グランドキャニオンを思わせる峡谷に入っていく。岩肌の色は、どぎついほどに赤い。前方には黒雲。やがてポツポツと雨が降ってくる。峠道を登っていくと、雨が雪に変わった。さらに峠道を登り、真っ黒な雲の中に完全に入ると、なんとヒョウが降ってきた。それもパチンコ玉くらいの大きなヒョウがバチバチバチバチとたたきつけるように降ってくる。おまけに雷鳴が轟き渡る。
これが落雷の怖さ。突然、目の前がピカッと明るくなった。その瞬間、大音響とともに、バイクのすぐ近く、距離にしたら20メートルくらいの民家の庭の木に雷が落ちた。モウモウと紫色の煙が立ちのぼる。腰が抜けんばかりに肝を冷やした。
ヒョウの降り方は一段と激しくなり、路面はあっというまに白くなる。首筋のウエアのすきまからヒョウが入ってくる。ヘルメットとゴーグルの間の、わずかなすきまに当たるヒョウが痛い。懸命になってDR-Z400Sのハンドルにしがみつき、ついに峠を越えた。すると天気が変わった。ヒョウはやみ、薄日が差してきた。
銀鉱山で栄えたポトシに到着。標高4180メートルの世界最高所の都市。人口10万人のポトシは、歴史の古い南欧の町を連想させた。石畳の坂道、家々の出窓。町のどこからでも銀山のボタ山が見える。
銀山の歴史は古く、1545年に銀が発見され、それとともにポトシの町が建設された。1562年にはスペイン王室の造幣局が設置され、それ以降、300年間、銀をスペイン本国に送りつづけた。最盛期には人口16万人を数え、南米最大の都市だった。
ポトシで国道1号と分かれ、ウユニの町に通じるダートに入っていく。天気は回復し、ウユニに近づくにつれてジリジリと強い日差しが照りつけた。
標高3700メートルのウユニに到着したのは19時。「ホテル・ジラソレス」に泊まり、町の食堂で夕食。野菜スープとヌードルを食べた。スープにもヌードルにも白いチーズがのっている。
オルロの町を出発
アンデス高地のダートを走る椋原眞理さん
ウユニに近づくと平坦な高原になる
ジリジリと強い日差しが照りつけている
夕食の野菜スープ
夕食のヌードル