賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

「鵜ノ子岬→尻屋崎2012」(47)

 7月14日5時、いわき市の白米温泉「つるの湯」での目覚め。すぐさまトイレで出すものを出す。カソリにとって便秘はまったく無縁なもの。朝目覚めると、機械のように正確に出る。これは我が特技だ。

「(ツーリングの日々は日常とは時間が変るので)便秘になってしまうのですよ…」

 といった話をライダーのみなさんからよく聞くが、「朝起きたらすぐに出す」を体に覚えこませてしまうと、便秘にはならないものだ。

 ツーリング、とくにロングツーリングでは「食う寝る出す」が一番の基本だと思っている。どんなものでもおいしく食べられ、どんなところでもすぐに寝られ、そして出す。

「出すこと」は「食べること」以上に大事なこと。バイクでもマフラーがつまり、排気が十分にできなくなると、とたんに調子が悪くなる。人間の体も同じことなのだ。

 さて快便のあとは朝湯に入り、湯から上がると小雨の降る中、宿の周辺をプラプラ歩く。青々とした水田の風景が目にしみる。目の前のゆるやかに連なる山並みは茨城県側になる。

 7時、宿の朝食を食べる。アジの干物、目玉焼き、サラダ、山菜の天ぷら、海苔…をおかずに3杯飯を食べる。「朝食の3杯飯」、これもカソリ流。東北に入るとご飯がおいしくなるので、何ともうれしい朝食だ。

 宿の女将さんにお礼をいって、白米温泉「つるの湯」を出発。いったん常磐道のいわき勿来ICに戻り、勿来漁港まで行き、漁港の岸壁にスズキの650ccバイク、V-ストロームを停める。目の前に見えるのが東北太平洋岸最南端の鵜ノ子岬。海に落ち込む岩山の南側は茨城県の平潟漁港になる。

「さー、行くぞ!」

 と、V-ストロームにひと声かけて鵜ノ子岬を走り出す。

 国道6号経由でまずは小名浜漁港へ。岸壁には大型漁船が接岸しているが、再開された魚市場にはまったく活気が見られない。それが寂しい。風評被害小名浜漁港に水揚げされる魚は売れないからだ。震災以前のような活気が戻るのはいつの日のことになるのか。

 小名浜からは三崎、竜ヶ崎、合磯岬、塩屋崎と岬をめぐる。岬と漁港は切っても切れない関係にあるが、竜ヶ崎の中之作漁港、合磯岬の江名漁港、塩屋崎の豊間漁港は復興には程遠い現状。大地震、大津波の被害と東京電力福島第1原発の爆発事故による風評被害のダブルパンチ、トリプルパンチを受けた浜通りの現状はあまりにも無惨だ。

 塩屋崎の奇跡のポイント、美空ひばりの「みだれ髪」の歌碑の前でV-ストロームを停め、自販機の缶コーヒーを飲みながら、歌碑に彫り刻まれた歌詞を見る。

  春は二重に巻いた帯

  三重に巻いても余る秋

  暗らや涯なや塩屋の岬

  見えぬ心を照らしておくれ

  ひとりぽっちにしないでおくれ

「みだれ髪」が胸にしみる。「暗らや涯なや塩屋の岬 見えぬ心を照らしておきれ ひとりぽっちにしないでおくれ」の箇所には激しく心を揺り動かされてしまう。まるで今回の大津波を予測しているかのような歌詞ではないか。

 美空ひばり人気と大津波にも残った歌碑ということで、ここは以前にも増して訪れる人が多い。缶コーヒーを飲んでいる間にも、次々とマイクロバスや車がやってくる。残念なのは高さ50メートルの台地上に立つ塩屋崎の灯台には、いまだに登れないことだ。相当、大きな被害が出たのだろう。

 塩屋崎の南側の豊間と北側の薄磯はいわき市内でも最も大きな被害を出したところ。瓦礫の大半は撤去されてはいるが、全滅した集落の高台移転は難航しているようで復興の兆しはまったく見られない。

 塩屋崎から舞子浜の松林を走り抜け四倉へ。

 四倉からは国道6号を北へと走る。短いトンネルを抜け、波立海岸でV-ストロームを止める。ここも奇跡のポイント。カソリおすすめの「焼きハマグリ」の波立食堂は大津波に押しつぶされ、今は更地になっている。ところが国道の山側にある波立薬師は無傷で残った。さらに驚かされてしまうのは弁天島岩礁に立つ赤い鳥居が残ったことだ。

 国道6号のその先の久之浜も奇跡のポイント。大津波に襲われた海岸一帯の町並みは全滅したが、その中にあって秋葉神社の鳥居と祠は残った。

 久之浜は大地震、大津波のあと、それに追い討ちをかけるように津波火災の大火にも見舞われた。その大火も秋葉神社のすぐそばで止まったという。「なぜ?」、「どうして?」と思わず声が出てしまう。秋葉神社は「火伏せの神」としてよく知られているが、まるでそれを証明するかのような久之浜秋葉神社だ。

 塩屋崎の美空ひばりの「みだれ髪」歌碑、波立海岸の波立薬師と弁天島の鳥居、大地震、大津波津波大火にも耐えて残った久之浜秋葉神社は、浜通りの「三大奇跡のスポット」といっていい。

 久之浜からさらに国道6号を北上。いわき市から広野町に入り、楢葉町との境まで行く。町境が東電福島第1原発爆発事故による20キロ圏の規制線。警察車両が車を1台づつ止め、厳しく検問している。そこから先は一般車両の立入禁止区域になっている。

 広野・楢葉町境の規制線でUターンし、いわき市の四倉まで戻った。福島県の太平洋側の「浜通り」は、東電福島第1原発の爆発事故によって完全に分断されてしまっている。 それにしても国道6号という日本の幹線道路が、これだけ長い期間(2年4ヵ月)、通行止というのは前代未聞の話だ。

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鵜ノ子岬の勿来漁港

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復興にはほど遠い小名浜漁港

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閑散とした中之作漁港

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塩屋崎の美空ひばりの歌碑

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薄磯の被災地

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薄磯に咲くヒマワリ