「青春18きっぷ2010」(14)
第2日目(東京→函館・その9)
「青い森鉄道」の八戸駅では4番ホームに到着。電車は折り返しの盛岡行になる。反対側の5番ホームには大湊行のディーゼルカーが停車している。野辺地までは「青い森鉄道」を走り、野辺地からは大湊線に入り、終点の大湊まで行く列車だ。
八戸で青森行に乗り換える。連絡通路には「2010・12・4 青い森鉄道 青森開業」のポスターが貼られている。
2010年12月4日の東北新幹線・新青森までの全線開通と同時に、「八戸-青森」間は第3セクターの「青い森鉄道」になった。
「みんなの笑顔をレールに乗せて。今は、手をつなぐところからはじめよう」とポスターにあるように、
「みなさん、手をつないでがんばって!」
と心からのエールを送りたい。
八戸発19時14分発の青森行に乗車。列車は定刻通りに出発。2両編成の電車はワンマンカーで、2両ともロングシート。先頭車両が乗降口なので、乗客の大半は1両目に乗っている。2両目はガラガラだ。
「盛岡→八戸」間では「青春18きっぷ」は使えなかったが、「八戸→青森」間では条件つきで使える。
「青春18きっぷ」の案内(2)には次のように書かれている。
「旅客鉄道会社線(JR線)以外の会社線を経由する列車をご利用の場合は別に会社線に有効な乗車券類が必要です。ただし、青い森鉄道の青森~八戸間は通過利用する場合に限り普通列車の普通自由席に乗車できます。当該区間で下車した場合(野辺地を除く)別に運賃が必要です」
青森行の電車は雨の中を行く。雪にならなくてよかった。
十和田観光電鉄が出る三沢を通り、大湊線との分岐駅、野辺地へ。
電車は暗闇の中を行くので何も見えない。
◇◇◇
ということで、ここでは東北新幹線の新駅、七戸十和田湖駅に近い南部縦貫鉄道の七戸駅について語りたい。
野辺地と七戸を結ぶ南部縦貫鉄道は1997年に休止し、2002年に廃止になった。新幹線との接続が計画されていたが、青森までの延伸が延び延びになった影響で、その間に休止、廃止になってしまった。今でも七戸の町近くに、写真のような本社の建物と七戸駅、機関庫が残されている。
南部縦貫鉄道といえばレールバス。そのレールバスが機関庫内に動態保存されている。新幹線開通の12月4日と5日の両日、旧七戸駅の駅舎内部とレールバスが公開され、デモ走行がおこなわれたという。
もうずいぶん前のことになるが、昭和59年3月31日、上野から寝台特急の「ゆうづる5号」に乗って野辺地まで行き、この南部縦貫鉄道のレールバスで「野辺地~七戸」間を往復した。そのときは3月末にもかかわらず、季節はずれの大雪だった。
七戸駅から野辺地駅に戻ると、今度は大湊線に乗り換え、終点の大湊のひとつ手前の下北まで行った。そこからは下北交通大畑線で終点の本州最北端駅、大畑まで行ったのだ。下北交通大畑線もそれからちょうど17年後の平成13年3月31日に廃止された。
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「青い森鉄道」青森行の野辺地到着は19時59分。
この野辺地駅には「鉄道記念物」に指定されている日本初の鉄道防雪林がある。その写真ものせておこう。
鉄道記念物は昭和33年に「1号機関車」や「旧長浜駅」「旧汐留駅の0哩ポスト」などが指定されて以来、現在まで40件が指定されている。
「野辺地防雪原林」はその初期のもので、「大阪駅時鐘」「旧逢坂山隧道東口」「旧手宮機関庫」と同じ昭和35年の指定で第14号になる。
これら鉄道記念物は興味をそそられるものばかり。この先、北海道では小樽の旧手宮機関庫と北海道の0哩碑はぜひとも見てみたいのだ。
「青い森鉄道」の青森行は野辺地を過ぎると先頭車両もガラガラになり、ガラガラ状態のまま、20時45分、青森駅に到着した。上野を出てから15時間35分。これで東北本線、いわて銀河鉄道につづいて青い森鉄道も全線完乗だ。
「さー、北海道だ!」
八戸駅の4番ホームに到着
「青い森鉄道」の青森開業のポスター
「青い森鉄道」の青森行に乗車
後部車両はガラガラ
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南部縦貫鉄道の旧七戸駅
「南部縦貫鉄道」の文字が…
こちらは野辺地駅
線路沿いの防雪林
防雪林内の遊歩道
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青森に到着