賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

日本列島岬めぐり:第21回 龍飛崎(たっぴざき・青森)

 (共同通信配信 1990年)

 津軽半島最北端の龍飛崎にはJR津軽線の終着駅、三厩駅前から国道339号で向かった。

 この国道がおもしろい。竜飛の集落に入ると、岬の台地上に登る階段になる。もちろん車は通れない。「人道・階段国道」である。このような階段国道は日本でも唯一のもの。車で岬の台地上まで行く場合は、集落の手前の自動車道で登っていく。

 本州・最果ての漁村、竜飛の行き止まり地点には、北津軽の金木で生まれた小説家太宰治の記念碑が建ち、『津軽』の一節が次のように刻み込まれている。

「ここは本州の袋小路だ。読者も銘記せよ。(中略)そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである」

 私は1978年に初めて龍飛崎に来た。そのときの龍飛崎はまさに太宰治の言葉通りの袋小路で、来た道を戻るしかなかった。しかし今では国道339号が全線開通し、日本海側の小泊に抜けられる。

 竜飛漁港から自動車道で高さ100メートルほどの海岸段丘上に登った。龍飛崎の駐車場からは歩いて岬の灯台へ。その先には海上自衛隊のレーダー基地がある。

 龍飛崎は昔も北方警備の要衝の地だった。弘前藩は文化5年(1808年)、ここに台場を築き、狼煙台と砲台を設置した。

 岬の突端から、日本海に落ちていく真っ赤な夕日を眺めた。水平線に夕日が沈むと、北海道の上空が焼けただれたような夕焼けに染まり、やがて20キロ離れた北海道最南端の白神岬の灯台に灯が入った。松前の町明かりが輝きはじめ、日本海の水平線上にはずらりとイカ釣り船の漁火が並んだ。