賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(24)板谷峠(山形)

 (『アウトライダー』1995年8月号 所収)

吾妻山麓の温泉群を行く

 福島・山形県境の大火山群、吾妻山周辺の板谷峠、白布峠、中山峠を越え、吾妻山麓の温泉を総ナメにしようと、「福島→福島」のコースをつくり、東北道の福島西ICに降り立った。峠越えの相棒は「インドシナ一周10000キロ」を走ったスズキRMX250Sだ。

 高速道路の料金所を出、R105を走りはじめると、正面に連なる奥羽山脈の山々がよく見える。右手には吾妻山、左手には安達太良山。ともに火山で、この2つの火山の周辺には、温泉がいくつもある。

 R105を右折し、吾妻山麓の道、通称フラワーラインに入っていく。沿道にはリンゴ園が多い。リンゴの木には赤い実がたわわに成り、東北の秋を感じさせた。そのフルーツラインを左折し、第1湯目の微温湯温泉を目指し、吾妻山を駆け登っていく。

 フルーツラインから10キロ(途中の3キロはダート)ほど走った、山中の行き止まり地点に、微温湯温泉がある。一軒宿の秘湯。周囲の山々の紅葉が色鮮やかだ。

「旅館二階堂」(入浴料500円)の湯に入る。“微温湯”どおりの湯で、湯温33度という温い湯に長時間入るのが微温湯温泉の特徴だが、もうひとつ、熱い湯の湯船もある。酸性明ばん泉の温泉だ。

 微温湯温泉の湯から上がると、フルーツラインまで戻る。次に、磐梯吾妻スカイラインへの道に入り、ふたたび吾妻山に向かって登っていく。

 山中に入ったところに、一軒宿の信夫温泉がある。つり橋を渡った、渓流のわきにある温泉だが、残念ながら入浴のみは不可…。

 さらに吾妻山に向かって登りつづけ、磐梯吾妻スカイラインの料金所の手前にある高湯温泉に到着。標高750メートルの高地にある温泉で、山形県の蔵王温泉、白布温泉とともに、“奥羽三高湯”に数えられている。かつては“吾妻高湯”といわれたが、今では吾妻がとれて、たんに高湯温泉といわれている。

 ここでは「安達屋旅館」(入浴料500円)の湯に入る。木の湯船の大浴場は湯量が豊富で、ザーザー音をたてて、湯が湯船からあふれ出ている。白濁色の硫化水素泉の湯は、いかにも温泉という感じがする。内風呂につづいて、露天風呂にも入った。

 微温湯温泉、高湯温泉と、秘湯、名湯の湯を存分に堪能したところで、来た道をフルーツラインまで引き返し、福島県内では最大の温泉地、飯坂温泉の温泉街に入っていく。ここではすっかり新しい建物に建て替えられた共同浴場「鯖湖湯」(入浴料50円)の湯に入り、飯坂温泉の奥にある穴原温泉の「富士屋旅館」に一晩、泊まった。

板谷峠越えの秘湯めぐり

 翌朝は、5時、起床。いつものように寝起きとともに湯に入る。この寝起きの湯の気持ちよさといったらない。早めにしてもらった朝食を宿で食べ、7時、出発。R13で山形県境に向かう。

 阿武隈川流域の、“中通り”の盆地の町、福島を離れると、すぐに山形県境に向かっての登りがはじまる。全長2376メートルの東栗子トンネルを抜けたところで山形県に入り、国道を左折し、板谷峠下の集落、板谷へ。奥羽本線が通り、板谷駅がある。

 ところでR13の峠だが、東栗子トンネルを抜け出て山形県に入ると、もうひとつ、全長2675メートルの西栗子トンネルがあり、それが奥羽山脈の中央分水嶺の峠を貫くトンネルになっている。この2本の長大なトンネルは昭和41年に完成したが、それ以前のR13は、北の栗子山(1216m)南麓の栗子峠を越えていた。

 さて、吾妻山北麓の秘湯めぐりの開始だ。

 第1湯目は、板谷から5キロほど登ったところにある一軒宿の五色温泉。「宋川旅館」(入浴料500円)の露天風呂に入る。湯は男女別になっているが、簡単に女湯をのぞけるようになっているのがいい。樹林に囲まれた露天風呂で、湯につかりながらの紅葉狩りを楽しんだ。ここの湯は、新緑の季節がおすすめ。露天風呂はまばゆいほどの若葉に包まれるが、そんな湯につかりながらの森林浴が最高だ。

 五色温泉から板谷に戻り、旧羽州街道の板谷峠に向かって登っていく。峠の手前の分岐点から数キロ走ると、第2湯目の滑川温泉に着く。一軒宿「福島屋旅館」(入浴料300円)の湯に入る。大浴場は混浴。若干、白濁した湯には、湯の華が浮いている。もう1湯渓流のわきにある露天風呂にも入る。ここも混浴なのだが、残念ながら入浴客はともにぼく一人だった。

 第3湯目は、滑川温泉からさらに奥へ、ダートを4キロほど行った行き止まり地点にある姥湯温泉。きわめつけの秘湯だ。ここも一軒宿の温泉で、「枡形屋旅館」(入浴料300円)の露天風呂に入る。まわりを断崖絶壁に囲まれているが、運がいいと、急崖を駆けるニホンカモシカの姿を見ることができるという。

 これら3湯は絶対におすすめの秘湯だが、日本列島を太平洋側と日本海側に分ける中央分水嶺の峠、板谷峠の太平洋側になる。

 板谷峠手前の分岐点に戻り、いよいよ、峠へ。ダートに入る。交通量はほとんどない。1キロほどのダートを走ると、板谷峠に到着。峠を示すものは何もない。高圧線の鉄塔が峠のすぐわきに立っている。

 板谷峠は標高760メートル。旧羽州街道の峠で、江戸時代には、米沢藩の江戸への参勤交代路。福島盆地と米沢盆地を結ぶ重要な幹線になっていた。それが明治になると、北の栗子峠を越える“万世大路”が完成し、板谷峠はあっというまに忘れ去られてしまう。板谷峠にRMXを止め、しばし、峠をめぐる歴史の変遷に想いを馳せたが、それは胸にしみるようなひとときだった。

 板谷峠を越え、阿武隈川から最上川の水系に入っていく。ダートから舗装路に変わるあたりには、一軒宿の笠松温泉「笠松旅館」(入浴料300円)がある。一見すると、民家風の温泉宿の湯に入り、それを第4湯目にし、さらに峠道を下っていく。

 板谷峠下の集落、大沢を通り、米沢盆地に入りかかるあたりには、第5湯目の湯ノ沢温泉がある。ここでは一軒宿「すみれ荘」(入浴料400円)の大浴場の湯に、気分よくつかった。

 こうして吾妻山北麓の5湯の温泉を“はしご湯”して米沢盆地に入っていったが、すでに刈り取りの終わった田圃がはてしなく広がる米沢盆地の風景は目に残るものだった。