賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

海道を行く(3) 北海道編 番外編その6

 (『ツーリングGO!GO!』2005年7月号 所収)

51、宗谷岬(感動度☆☆☆☆☆)

 北緯45度31分14秒の「日本本土最北端」の岬。「日本最北端」は北緯45度33分28秒の択捉島北端のカムイワッカ岬になる。宗谷岬に着いたときはまさにミラクル。宗谷岬は雨がポツポツ落ちてくるような天気だったが、宗谷海峡の水平線上にはパーッと日が差し込み、サハリンがはっきりと見えたのだ。雪山も見えた。ほんの15分くらいのことで、そのあとはまったく見えなかった。。「最北の地」というのは何度来ても感動するものだ。すこしでも長く宗谷岬にいたかったので、「日本最北の食堂」の「最北端」で食事し、「日本最北の宿」の「民宿清水」で泊まった。宿のおばちゃんは大皿にいっぱいのタコの刺し身を持ってきてくれた。それを肴に缶ビールで宗谷岬に乾杯!

52、大沼(感動度☆☆☆☆☆)

 湖に着いたときは「ウワーッ!」と驚きの声を上げた。それほどの白鳥の数。スゴイ! この白鳥はコハクチョウだとのことで、春と秋の2回、群れをなしてやってくる。そのほかマガモなども多数、見られた。周囲10キロほどの大沼はまさに野鳥の宝庫。年間を通して100種類以上の野鳥を見ることができるという。湖畔には野鳥観察の「大沼バードハウス」(無料)がある。あまり期待もしないで、何も知らないで行っただけによけいに感動が大きかった。

(稚内→札幌)編

53、稚内港(面白度☆☆☆☆)

 稚内に着くと、JR宗谷本線の終着駅、稚内駅前に立ち、そのあと稚内港に行った。ちょうど東日本海フェリーの「アインス宗谷」がサハリンのコルサコフ港に向けて出港するところだった。「あー、このまま、サハリンに渡りたい!」と、本気で思ってしまったほど。「アインス宗谷」の出港はぼくにとっては刺激が強すぎる光景だった。北海道遺産にも指定されている北防波堤ドームが延びる稚内港の岸壁に立つと、宗谷海峡の向こうの世界に思いが飛んでいく。

54、稚内公園(絶景度☆☆☆☆)

 バイクで登れる稚内公園からは稚内の市街地と稚内港を一望。遠くには宗谷岬。運がよければ、ここからサハリンも見えるのだ。シンボルの「氷雪の門」は樺太に眠る我が同胞の慰霊碑。それに隣り合って「9人の乙女の像」と「皆さん、これが最後です さようなら さようなら」の言葉。旧ソ連軍は終戦後の1945年8月20日に樺太の真岡(現ホルムスク)に上陸し、激しく攻撃した。真岡郵便局の9人の乙女たちは交換台に向かい、「さようなら」を最後に全員で青酸カリを飲んだ。ぼくは最初の1991年のサハリンツーリングでは稚内からロシア船でホルムスクに渡り、熊笹峠(現ホルムスク峠)などの激戦地も見たので、「9人の乙女の像」の「さようなら」にはよけいに胸がいっぱいになってしまうのだ。

55、ノシャップ岬(絶景度☆☆☆)

 岬の突端には赤白2色のノッポ灯台。高さ42・7mで北海道では一番高い。その下に立つと、見上げるような高さだ。灯台に隣り合った「ノシャップ寒流水族館」(入館料400円)では北海に生息する魚類やアザラシなどが見られる。岬に隣接して新たにつくられた恵山泊漁港公園に「ノシャップ岬」の碑が立っている。

56、道道106号(絶景度☆☆☆☆☆)

「稚内→手塩」間の海沿いのルート。ズボーンと突き抜けるようなストレート区間が魅力。それともうひとつ、走りながら日本海越しに利尻富士を見られることが大きな魅力になっている。途中で抜海、稚咲内と通るが、そのうちとくに稚咲内から見る利尻富士はすばらしい。写真は稚咲内から見た利尻富士だ。利尻島よりもさらに北の礼文島に夕日が落ちていく。息を飲むような光景にバイクを停めたまま、しばらくは動けなかった。

57、手塩川河口(絶景度☆☆☆)

 道道106号で手塩の町に入ると、手塩川の河口まで行った。手塩港の先で道北一番の大河が日本海に流れ出る。日本海から手塩川の中へと波が押し寄せていた。源流の手塩岳(1558m)から手塩の河口まで308キロ。手塩川は石狩川に次ぐ北海道第2の大河。河口の風景は荒々しいもので、自分もバイクも大河に飲み込まれそうな危うさがあった。

58、R232(絶景度☆☆☆)

 手塩から留萌までは「日本海オロロンライン」のR232を走った。このR232は「稚内→留萌」で、稚内市内から手塩川を渡って手塩町に入るまではR40との重複区間になる。手塩からが海沿いのルート。遠別、初山別、羽幌、苫前、小平と通って留萌へ。その間は日本海を見ながら走る快適ルートだ。ただしスピードには要注意(ぼくはR232では3度もやられた…)。羽幌からは焼尻島、天売島へのフェリーが出ている。天売島ではオロロンライン由来のオロロン鳥を見られるが、今では激減し、絶滅の危機さえいわれている。

59、増毛(歴史度☆☆☆☆)

 JR留萌線の終着駅、増毛駅前には木造3階建ての旅館(現在は営業していない)が残されている。その隣りの「風待食堂」の建物と合わせ、風情のある風景をつくり出している。駅前通りにはそのほか「増毛館」(現在は旅宿の「ぼちぼちいこうか増毛館」)、「旧商家丸一本間家」、「食堂 志満川」、「國稀酒造」と明治から大正、昭和初期に建てられた木造の建物が残っている。あっと驚くのは増毛小学校。昭和11年に建てられた大きな木造校舎が現役で使われている。北海道内では最大・最古の大型木造校舎ということだが、おそらく日本でもほかにはほとんど例がないだろう。

60、石狩川河口(感動度☆☆☆☆☆)

 留萌から札幌まではR231を走ったが、厚田村の望来で国道を離れ、海沿いの道を走った。そして石狩川の河口へ。最後は砂道を走り、「北海道の母なる流れ」が石狩湾(日本海)に流れ出るまさにその地点を見たときは感動の瞬間。「やったねー!」という気分。石狩岳(1962m)を水源とし、上川盆地、石狩平野を流れ下ってきた石狩川が今、自分の目の前で日本海に流れ出ていくのだ。対岸は「はまなすの丘公園」。はるかその向こうには藻岩山から手稲山、春香山と続く雪の連山が眺められた。