賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

カソリの食文化研究所:第18回 比内編

(『ツーリングGO!GO!』2004年4月号 所収)

「東京→青森」の「東北縦断・食べまくり」をした。

 スズキDR-Z400Sを徹底的に走らせ、

「カソリの鉄の胃袋パワー」

 を全開にして、次から次へと食べまくった。

 まさにカソリの本領発揮だ。

 東北の米は最高に旨いので何を食べても美味。どこで食べても美味。その中でも一番の忘れられない味といえば、これはもう、文句無しに秋田県北部の比内町で食べた「きりたんぽ鍋」だった。

 秋田の郷土料理といえば、大多数の人が「きりたんぽ鍋」を頭に思い浮かべることだろう。きりたんぽ鍋はそれほどのもの。まさに秋田を代表する郷土料理だし、カソリの選ぶ日本の郷土料理ベスト10でも上位にランクされるものなのだ。

 比内町の国道285号沿いの道の駅「ひない」にあるレストラン「比内どり」で「きりたんぽ鍋」を食べた。

 グツグツ煮えたぎった鍋には切ったきりたんぽと比内地鶏、マイタケ、セリ、ネギ、糸こんにゃくが入っている。鍋の底には笹がきゴボウが敷きつめられている。

 こんがりと焼いた汁のしみかけたきりたんぽはメチャうま! 

 比内地鶏には野鳥の肉を思わせるようなしっかりとした歯ごたえがあった。

 きりたんぽ鍋のうまさの秘密は汁。

 醤油と味醂、若干の酒で味つけされた汁には、比内地鶏のダシがじつによく出ている。これがポイントなのである。

 比内といえば「日本三大地鶏」のひとつ、比内鶏の産地。現在、比内鶏は天然記念物に指定されているので食べることはできないが、その比内鶏とかけあわせた比内地鶏が使われている。

 地元の方にいわせると、比内鶏と比べても、味に遜色はまったくないという。

 きりたんぽ鍋と比内地鶏の相性は抜群にいいのだ。

 きりたんぽは粳米に糯米をすこし混ぜで炊き、すりこぎで米粒の形が残る程度に搗いて練ったあと、杉串に巻きつけて焼いたもの。

 昔は囲炉裏のまわりに立てかけて焼いた。

 囲炉裏をほとんど見かけなくなった今日ではガスで焼くことが多い。

 もともとは「秋田マタギ」で知られる阿仁地方など北秋田郡の山地を生活の舞台にする猟師や木こりたちのものだったという。

 彼らは弁当の輪っぱの冷や飯を木の棒にはりつけ、それを焼いて持ち歩いた。そうすることによって腐敗を防いだ。まさに山地民の生活の知恵なのである。

 江戸時代のこと。

 視察にきた花輪藩主にこれを差し上げたところ、

「これは何というものだ?」

 と聞かれた。

 その形が稽古槍の先につける「たんぽ」に似ており、それを切って使うところから、地元民は即座に、

「きりたんぽといいます」

 と答えた。

 それ以来、「きりたんぽ」の名前が広まったという。

 そのきりたんぽに山椒醤油や胡桃醤油、練り味噌をつけて食べていた。

 さらに山でとれた山菜類やキノコ類、キジやヤマドリの鳥肉と一緒に鍋ものにして食べるようにもなった。それがいつしか家庭料理の「きりたんぽ鍋」になったのである。

 新米が出始めると、まるでそれを待っていたかのように、「きりたんぽ鍋」はご馳走の主役として登場するようになる。

 秋田の家庭では客人へのもてなしや祝い事、収穫のねぎらい…と、なにかというときりたんぽ鍋つくる。比内のコンビニにも「きりたんぽ鍋、発送します」の貼り紙があった。 秋田にはきりたんぽ鍋とよく似た「だまこ鍋」という鍋料理もある。

 だまこというのはお手玉のことで、ご飯を搗きつぶし、お手玉のような形の団子状に丸め、それを焼かずに入れた鍋料理である。

 きりたんぽ鍋にしても、だまこ鍋にしても、「日本の米どころ」、秋田ならではの郷土料理である。

 米の旨い東北と冒頭でいったが、奥羽山脈を境にして日本海側、羽州側の方がよりうまい。比内に限らず、秋田ではどこでもそうだが、ふらっと入った食堂で出てくるご飯の味のよさには驚かされてしまう。

 ご飯の味のよさがあるからこそ、きりたんぽ鍋にしても、だまこ鍋にしても、米を主役にした鍋料理がグッとひきたつのである。

 米こそ日本の食文化の基本! 

「きりたんぽ鍋」を食べて実感したのは、このあたりまえのことだった。

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