賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え:第9回 巣郷峠編

 (『遊ROAD』1994年2月号 所収)

三又温泉の山里の味覚

 秋田・岩手県境の奥羽山脈の峠、巣郷峠への出発点は、秋田県横手市のJR奥羽本線横手駅前。巣郷峠は東北横断ルートの国道107号の峠だが、横手から東北本線の北上へ、国道と並行してJR北上線が走っている。

 横手駅前に峠越えの相棒のスズキDJEBEL250XCを止め、プラプラ歩き、横手駅前温泉の「プラザゆうゆう」(入浴料600円)に行く。名前どおりの駅前温泉で、駅から歩いて1分とかからないところにある。平成2年にオープンした温泉のニューフェイスで、47度の湯が毎分600リッター自噴しているという。

“ちょっとひと風呂”には絶好の立ち寄り湯で、大浴場のほかに打たせ湯や泡湯、露天風呂などがあり、湯量は豊富だ。湯は若干、塩っぽい。真綿のようなやわらかな感触。男湯が北海道の天人峡温泉にちなんで「天人峡」、女湯が九州の湯布院温泉にちなんで「湯布院」と、名前もいい。

 湯から上がり、さっぱりした気分で横手を出発。温泉効果満点で、満ち足りた気分でバイクを走らすことができた。

 国道107号、通称平和街道を走る。県境の巣郷峠をはさんで秋田県側が平鹿郡、岩手県側が和賀郡で、両郡名をとっての平和街道ということになる。

 横手の市街地を抜け出ると、じきに山内村に入る。

 村の中心、相野々には相野々温泉がある。国道から300メートルほどの村営「鶴ヶ池荘」(入浴料230円)の湯に入ったが村人たちで大盛況のにぎわい。

「ダドモよ」、「ンダ、ンダ」といった土地の言葉が満ちあふれている。

 温泉の湯につかりながら、それとはなしに土地の言葉を聞くのはなんともいいものだ。

 相野々で国道107号と分かれ、山間の一軒宿、三又温泉に向かう。そこが横手駅前から電話を入れた今晩の宿なのだ。

 その途中では、南郷温泉「共林荘」(入浴料300円)の湯に入る。ここも新しい温泉で、平成2年のオープン。泉質が自慢の温泉だけあって、大浴場の湯から上がると、肌はツルツルしている。

 さすがに温泉の宝庫!

 那須火山帯と重なりあった奥羽山脈の周辺だけのことはあって、こうしてあちこちで新しい温泉が誕生しているのは、我ら温泉ファンにはこたえられない話だ。

 三又温泉は山内村最奥の三又から、さらに山中に入ったところにある。まさに秘湯だ。一軒宿の「三又温泉旅館」に泊まったのだが、ここが、大正解!

 湯から上がると部屋には夕食が用意されていたが、ずらりと山里の味覚が並んでいた。とても1泊2食7500円とは思えないほどの豪華なご馳走だ。

 イワナのたたきやニジマスの刺し身、コイのうま煮、何種類ものキノコ料理、ゼンマイやアザミノトウなどの山菜煮物、ワラビのおひたし‥‥と、山の幸を賞味する。食べはじめたところで、焼きたての塩焼きのイワナを持ってきてくれる。この細やかな心づかいがうれしい。汁も名産の山内イモにマイタケの入ったもの。さらにテンプラや茶碗蒸し、クルミ入りの胡麻豆腐、鍋物もあって、さすがの“大喰いカソリ”でも、全部は食べきれないほどのご馳走だった。

(※つい先日、三又温泉に行ったのですが、残念ながら廃業湯になっていました…)

巣郷峠の真上の温泉、巣郷温泉

 翌日はザーザー降りの雨の中を出発。雨具を着て走り出すのはけっこう辛いものだ。

 来た道を相野々まで引き返し、国道107号で巣郷峠に向かっていく。ゆるやかな登りの峠道。このあたりは秋田・岩手県境の奥羽山脈の中でも、とくに大きく落ち込んだところで、国道107号も、国道と並行して走るJR北上線も、ともにトンネルなしで峠を越えている。

 秋田・岩手県境の巣郷峠に到着。

 奥羽山脈の峠で、東北を奥州と羽州に分けるのと同時に、本州を太平洋側と日本海側に二分する中央分水嶺の峠になっている。

 奥羽山脈の峠道は、冬期間は閉鎖されるところが多いなかにあって、この国道107号の巣郷峠は一年中通れる。奥羽連絡の重要な峠だ。

 秋田県から岩手県に入る。峠は広々とした高原の風景。水田も広がっている。

 そんな巣郷峠には、巣郷温泉がある。まさに“峠の温泉”。その名も「峠の湯」(入浴料200円)という公衆温泉浴場の湯につかる。そのほか峠には、湯田町の町営公衆温泉浴場やクアハウス、2軒の温泉旅館がある。

 巣郷温泉のような峠の真上にある温泉というのは、北海道の塩狩峠にある塩狩温泉や、栗駒峠の須川温泉など限られたものでしかない。“峠のカソリ”&“温泉のカソリ”にとっては、“峠の温泉”というのは、涙がでるほどうれしく、ありがたいものなのだ。

「峠の湯」から上がると、国道をはさんで反対側にある「でめ金食堂」で昼食にする。

 馬刺し定食を頼む。

 たっぷりとニンニクを入れたニンニク醤油に馬刺しをつけて食べる。食べ終わると、クワーッと、体の中が熱くなってくるようだ。馬刺し&ニンニクのパワーでもって、巣郷峠下の温泉群を入りまくるのだ!

巣郷峠下の温泉めぐり

 巣郷峠を岩手県側に下っていくと、うれしいことに雨は上がった。雨具を脱いで走る。

 峠道を下りきると、湯田町の中心、川尻の町並み。そこが第1湯目の川尻温泉。JR北上線の“陸中川尻”をあらためた“ほっとゆだ”駅に行く。このほっとゆだ駅には、駅舎内に公衆温泉浴場(入浴料150円)があるのだ。

 駅前にDJEBELを止め、“駅の温泉”に入る。さすがに駅舎内の公衆温泉浴場だけあって、浴室内には鉄道用の信号燈がついている。列車の到着する45分ー30分前までは青信号、30分-15分前までは黄信号、15分以内になると赤信号がつく。

 湯から上がると、駅前をプラプラ歩いたが、八百屋の店先には、マイタケやナメコ、アミタケのほかに、落ち葉モタシとか、沢モタシ、カノカ‥‥といった聞きなれない名前の何種類ものキノコが並び、秋の東北を感じさせた。

 ほっとゆだ駅の温泉を皮切りにして、川尻周辺の温泉を総ナメにする。まず、ほっとゆだ駅から南に4キロほどの、第2湯目の湯川温泉に行く。ここには出途ノ湯に2軒、中ノ湯に15軒、奥ノ湯に4軒と、3地域に21軒の温泉宿があり、それらを総称して湯川温泉といっている。

 湯川温泉では、奥ノ湯の「高繁旅館」(入浴料300円)の湯に入る。内湯が豪華だ。まばゆいばかりの黄金風呂。金勢大明神をまつる混浴の露天風呂もいい。男性器をかたどった石造りの金勢さまはリアルで、しめ縄を巻いてまつってある。

 ほっとゆだ駅に戻ると、今度は国道107号から盛岡に通じる県道に入っていく。

 すぐに、第3湯目の大沓温泉。「ホットハーブ錦秋」(入浴料200円)の湯に入る。

 つづいて、第4湯目の湯本温泉。ほっとゆだ駅周辺では、湯川温泉と並ぶ大きな温泉地だ。ここでは「三花館」(入浴料300円)の湯に入る。内風呂、露天風呂ともに、目の前を流れる和賀川の渓谷を見下ろす眺望抜群の湯。このように、湯につかりながらいい景色を眺められるのは、最高のぜいたくというものだ。

 第5湯目は、湯本温泉の北、4キロほどのところにある槻沢温泉。ここには、「砂ゆっこ」(入浴料150円)という公衆温泉浴場があるが、800円を払うと砂湯に入れる。これがいい! 浴衣を着て砂場に横になると、オバチャンが蒸気で温まった砂を体にかけてくれる。そのとたんに、ドックンドックンと音をたてて、血が体中を駆けめぐる。汗がブワーッと吹き出してくる。岩手弁まる出しのオバチャンは、冷やしたタオルでていねいに額の汗をぬぐってくれる。30分ほど砂湯で蒸されたあとに入る湯がこれまたいいのだ。

 ほっとゆだ駅周辺の温泉めぐりの最後は、第6湯目の湯田薬師温泉。「中山荘」(入浴料200円)の湯に入る。混浴の露天風呂に入ったあと、内風呂の大浴場へ。入口こそ別々だが、中で男女が一緒になる混浴の湯。入浴客はぼくひとりだったので、湯船のなかでのびのびとおもいっきり体を伸ばした。そのとき、30代半ばくらいの色白の女性が入ってきた。

「あら、まあ!」

 といった表情で、大きく目を見開いて驚く彼女の顔が何ともいえない。

 その驚きぶりからすると、おそらく混浴の湯だとは思っていなかったのだろう。彼女は一瞬ちゅうちょしたが、覚悟を決めたかのように体を洗うと湯に入った。みるみるうちに桜色にそまっていく色白の彼女の姿をさりげなく盗み見るのだった。

秘湯、夏油温泉は‥‥

 巣郷峠下の温泉めぐりを終えると、ふたたびJR北上線のほっとゆだ駅に戻る。駅待合室でカンコーヒーを飲み、出発。国道107号で北上に向かう。

 和賀川をせき止めた錦秋湖を見ながら走る。湯田ダムを過ぎると、V字の深い峡谷になる。

 湯田町から和賀町に入る。地図をみると、和賀町の国道107号沿いには、岩沢温泉、綱取温泉、沢曲温泉と、3湯の温泉が出ている。

「よし、これら3湯も総ナメにしてやろう」

 と意気込んだのだが、なんと3湯とも、温泉宿はすでに廃業していた。

 このように温泉というのは、新しく誕生するものもあれば、ひっそりと消えていくものもある。

 北上に到着したのは16時30分。

 このまま東京まで東北道を一気走りしようかとも思ったが、ものは試しだと、JR東北本線の北上駅前から、夏油温泉に電話を入れてみた。

 人気の温泉だし、この時間だからまず無理だろうと、たいして期待もしていなかった。だが、なんともラッキーなことに、「元湯夏湯」に宿泊できることになった。急きょ、予定を変更して、夏油温泉に泊まることにした。

 和賀川の支流、夏油川沿いに、夕暮れの道を突っ走り、水神温泉、瀬美温泉と通り、奥羽山脈の奥深くへと入っていく。

 道路の行き止まり地点が夏油温泉。夏油川上流の、標高700メートルの高地にある温泉だ。

 夏油温泉到着は17時15分。すぐに真湯、女の湯、疝気の湯、滝の湯、大湯という順番に5つの露天風呂に入り、つづいて白猿の湯、小天狗の湯の、2つの内風呂に入った。

 湯から上がったところで夕食。ところがこれが、あまりにも寂しいもの。

 前夜の1泊2食7500円の三又温泉の食事がよすぎたので、10000円の夏油温泉の食事がことさらに貧弱に見えてしまった。三又温泉の心あたたまるようなサービスのよさにくらべると、夏油温泉のそれは混んでいるせいもあるが、比較のしようがなかった。「まあ、しょうがないか、超人気の秘湯なのだから‥‥」

 と、自分で自分にいいきかせ、我慢するのだった。

 翌日は、夏油温泉の洞窟の湯に入ったあと、来た道を北上へと引き返す。

 その途中では瀬美温泉(入浴料300円)、水神温泉(入浴料150円)と、ともに一軒宿の温泉に立ち寄り、北上に戻った。

 北上江釣子ICで東北道に入り、ひたすら東京を目指し走りつづけるのだった。