中山道69次(4)
スズキの125㏄スクーター、アドレスV125Gを走らせ、上州(群馬県)の中山道を行く。新町宿を通り倉賀野宿へ。倉賀野宿の入口は中山道と日光に通じる例幣使街道の追分。そこには閻魔堂が建ち、道標と常夜灯がある。
例幣使街道いついては、案内板に次のように書かれていた。
「日光例幣使街道は13宿中、上州5宿(玉村・五科・芝・木崎・太田)、野州8宿となっている。正保4年(1647年)に第1回の日光例幣使の派遣があって以来、慶応3年(1867年)の最後の例幣使派遣まで、221年間、1回の中止もなく継続された」。
倉賀野宿を過ぎると高崎宿だ。
高崎は伊井直政の城下町だったので本陣や脇本陣は置かれなかった。昔から商業の町としてにぎわった高崎だが、その中心は高崎駅に近い田町。国道17号と国道18号の分岐点を過ぎると国道18号に入っていく。
東京から高崎まで中山道は国道17号に沿っている。高崎を過ぎると国道18号沿いになる。さらにいえば、碓氷峠を越えた軽井沢から佐久までは県道、佐久から下諏訪までは国道142号、下諏訪から塩尻までは国道20号、塩尻からは国道19号…と、次々に変っていく。このあたりが国道1号の東海道との大きな違いだ。
高崎宿の次は板鼻宿。ここは碓氷川の「徒歩(かち)渡し」で知られていたが、増水すると川止めになるので、50軒を超える旅籠があった。板鼻宿の次は安中宿。ここには安中藩の武家屋敷が残っている。安中宿を過ぎると「上毛三山」のひとつ、妙義山が次第に大きく見えてくる。松井田宿から見る妙義山の眺めは目に残る。
松井田宿を過ぎると、名物の横川の「釜めし」を食べ、坂本宿を通って碓氷峠へ。旧道の峠道沿いの樹林は目が染まるほどの濃い緑。アドレスのアクセルを開いて峠道を登り、碓氷峠を越えて信州(長野県)に入った。
新町宿の新町駅前
倉賀野宿の追分
高崎の中心街
板鼻宿を流れる碓氷川
安中宿お武家屋敷
横川の「釜めし」
坂本宿の中山道
碓氷峠を目指して登っていく
碓氷峠の樹林
碓氷峠を越えて信州に入っていく