賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(40)蕨岱峠編(北海道)

 (『アウトライダー』1996年9月号 所収)

 太平洋(内浦湾)側の長万部から、日本海側の寿都へ、その途中で越える峠が蕨岱(わらびたい)峠。JR函館本線の蕨岱駅が峠の真上にある。

 日本海側を走るR229から山中に入ったところには宮内温泉や千早川温泉の秘湯。

 北檜山からR230で美利河峠を越え、八雲からR277で雲石峠を越え、江差からはR227で中山峠を越えて函館に戻った。

 北海道ツーリングで道南というと、何とはなしに通り過ぎていくエリアになっているが、「道南あなどりがたし」で、どこをとっても、おもしろい!

北海道第一の泉質!

 蕨岱峠下(長万部側)のR5から数キロ、山中に入ったところに、1軒宿の二股ラジウム温泉がある。

 4月下旬だと、まだ、真冬同然の風景。宿の周辺は2メートル近い積雪だ。

 ここで1晩、泊まった。食堂で泊まり客全員と一緒に夕食を食べたあと、北海道でも第一といわれる泉質の湯に入る。

 長い階段を降りていった薄暗い内風呂には、4つの湯船がある。ひとつは熱めの湯で、もうひとつは温めの湯。あとの2つは冷泉だ。

 内風呂の湯でのぼせてくると、戸をあけ、外に出、露天風呂に入る。

 満天の星空。露天風呂には2つの湯船。熱めの湯と温めの湯。長湯を決め込み、温めの湯につかる。夜風が刺すような冷たさ。体はホカホカしているが、顔はひやっとしている。これが気持ちいいのだ。

 ときどき、キタキツネがまるで露天風呂を番しているかのように、顔をのぞかせる。

 露天風呂のまわりは、巨大な石灰華。温泉の成分のうち、カルシウム分がこびりつき、鍾乳洞のようになっている。

 2時間以上、湯につかったところで、部屋に戻る。地図を広げ、明日のコースを考え、「さー、寝ようか」 と、布団にもぐり込む。

 そのころから、体がかゆくなってきた。なんと、湿疹が出ているではないか。それも、中途半端なものではなく、体中が湿疹だらけなのだ。気持ち悪くなるほど。こんなのは、初めての経験だ。

「ひどい湯当たりだなあ‥‥」

 あまりのかゆみに我慢できずにかきむしると、湿疹は水泡状になる。体中が腫れてしまう。それでも、まだ、かゆい…。

 やっと、かゆみの嵐が過ぎ去り、眠ることができた。

 温泉効果でぐっすりと眠り、夜明けとともに、目がさめた。そのときの爽快感といったらない。

 ほんとうに不思議なのだが、体中に出た湿疹は跡形もなく消え去り、肌には体全体をタワシでこすったかのような気持ちよさだけが残った。

 すぐさま、湯に入りにいく。ぼくは、この寝起きの湯が好きなのだ。

 露天風呂では、二股ラジウム温泉によく湯治にくるという人と一緒になった。その人の話が興味深かった。

「ここの湯は、よく効くよ。北海道の温泉のなかでは一番だね。私はたいてい一週間から10日くらいの湯治をするのだけど、帰る目安は、体に湿疹が出るようになってからだね。湿疹が出ると、かゆくて仕方ないけれども、それは、湯が体に効いた証明。湿疹とともに体内の毒素が抜け出ていくんだ」

 あー、そうだったのか、と納得。

 昨夜の水泡状になった湿疹は、二股ラジウム温泉の湯の効き目のすごさを証明したようなもの。水泡とともに、体内に溜まった毒素が抜けていったのだ。

 温泉のメカニズムの奥深さをあらためて感じさせられた二股ラジウム温泉だ。

道南最後の見市温泉

 八雲からは、R277で雲石峠を越える。渡島半島を太平洋側の「渡島」と日本海側の「檜山」に分ける一連の峠のなかでは、一番の絶景峠だ。峠にスズキDJEBEL250XCを止め、しばし、峠からの眺望に酔いしれた。

 雲石峠を熊石側に下った峠下の温泉、見市温泉が、今回の「道南編」最後の温泉になる。

 見市温泉は山あいの1軒宿。熱めの湯の内風呂に入ったあと、露天風呂に入る。ここの露天風呂はいい。雪どけ水を集め、渦を巻いて流れる見市川を目の前に眺める。

 赤茶けた湯にどっぷりとつかりながら、感慨無量といった気分。

「とうとう、ここまで来てしまったのか」

 という寂しさを感じる。

 見市温泉は、函館に上陸してすぐに入った谷地頭温泉から数えて、第48湯目の温泉。

 そのほか函館の蓬莱温泉や江差町の五厘沢温泉のように廃業していて入れなかったり、今金町の奥美利河温泉のように冬期休業中で入れなかった温泉もある。

 北檜山と熊石間のR229沿いにある臼別温泉や貝取間温泉、平田内温泉のようにパスしたところもある。

「また、だな‥‥」

 と、思うのだ。

 また、北海道に来よう!!

■コラム■蕨岱峠

 蕨岱峠といっても、みなさんはそれがどこにある峠なのか、きっとわからないと思う。 それもそのはずで、R5の長万部町と黒松内町の境の名無し峠に、ぼくが勝手に名付けた峠名なのだ。

 でも、この峠は、きわめて重要なのである。

 この蕨岱峠を通る構造線(大断層線)は、太平洋(内浦湾)側の長万部から日本海(寿都湾)側の寿都にのびているが、この線で、北海道の本体と渡島半島が接合している。

 これから先、何千年か何万年か知らないが、北海道と渡島半島が別々になるときは、この線で分かれるはずだ。

 そのときは、長万部海峡ができ、この蕨岱峠は、長万部海峡に突き出た蕨岱岬になるかもしれない。

 悠久の時をおもちゃにして、そんなことを考えながら峠を越えるのは、すごくおもしろいものだった。

 蕨岱峠の真上にJR函館本線の蕨岱駅がある。峠の上が平坦なこともあって、ここには峠名がつかなかったのだろう。

 蕨岱峠周辺の山々は、日本のブナ自生の北限地。日本の自然を日本らしくしているもののひとつにブナ林があるが、北海道もここより北は、日本離れした土地ということになる。

■「蕨岱峠編」で入った温泉一覧

1、二股温泉   二股温泉(入浴料500円) 北海道長万部町大峯  

キタキツネが出迎えてくれる山間の1軒宿の温泉。北海道第一の泉質といわれる評判の湯。巨大な石灰華が見られる。

2、黒松内温泉  町営湯(入浴料100円) 北海道黒松内町黒松内 

95年8月オープンの町営湯。現在は仮設浴場で、清掃協力費の100円を料金箱に入れる。12時~20時。

3、寿都温泉   町営湯(入浴料500円) 北海道寿都町湯別町  

95年12月オープンの「ゆべつのゆ」。国道から1キロの近代的な建物。大浴場に露天風呂。10時~21時。

4、宮内温泉   宮内温泉(入浴料400円) 北海道島牧村泊    

R229から4キロほど入った山間の1軒宿の温泉。「宮内温泉旅館」には今度、泊まりで来よう!

5、千早川温泉  千早川温泉(入浴料400円) 北海道島牧村千早   

R229から6キロほど入った山間の1軒宿の温泉。赤茶けた湯の色。この奥には北海道の名瀑、賀老の滝がある。

6、栄浜温泉   温泉旅館(入浴料400円) 北海道島牧村栄浜   

国道沿いの「モッタ海岸温泉旅館」の湯に入った。熱めの湯。湯船から日本海を眺める。ここからは茂津多岬が近い。

7、ねとい温泉  ねとい温泉(400円 北海道北檜山町丹羽  

R230から2キロほど入った田園の1軒宿の温泉。湯がいい。肌にやわらか。湯上がりに応接間風休憩所で休める。

8、北檜山温泉  公営湯(入浴料500円) 北海道北檜山町徳島  

95年11月オープンの「温泉ホテル北檜山」。町がつくり第3セクターでの運営。入浴のみは11時~21時。

9、美利河温泉  公営湯(入浴料500円) 北海道今金町美利河  

90年12月にオープンした「クアプラザピリカ」。美利河ダムのピリカ湖近くにある。大浴場と露天風呂。

10、八雲温泉   町営湯(入浴料350円) 北海道八雲町鉛川   

R277から1キロほど入ったところに「おぼこレクリエーションセンター」。露天風呂あり。10時~20時。

11、見市温泉   見市温泉(入浴料400円) 北海道熊石町大谷   

R277の雲石峠を日本海側に下ったところにある山間の1軒宿の温泉。内風呂と露天風呂。赤茶けた熱めの湯。