賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(22)大森山峠(岩手・秋田)

 (『アウトライダー』1995年6月号 所収)

やられた…

 秋田県鹿角市の中心、花輪を出発し、鹿角八幡平ICで東北道に入り、岩手県の水沢を目指した。

 県境を越え、岩手県に入る。このあたりの奥羽山脈の稜線は、かなり岩手県側に入ったところで、東北道に並行して走るR282の貝梨峠が太平洋側と日本海側を分ける分水嶺の峠になっている。東北道は、その南をトンネルで抜けている。

 盛岡に向かって、時速120キロ前後でスズキRMX250Sを走らせていくと、岩手のシンボル、岩手山が見えてくる。標高2041メートルで、岩手県の最高峰。円錐状火山で、そのきれいな山の姿から、“岩手富士”とか“南部富士”、“南部片富士”などと呼ばれている。

 岩手山SAで休憩を兼ねて給油しようと、SAまであと1キロの標識を過ぎたところで120キロから110キロぐらいの速度に落とした。その直後のことだ。赤色灯を点滅させたパトカーに、

「そこのバイク、サービスエリアに入って止まりなさい」

 といわれた。

「しまったー、やられた」

 と、悔しがっても、もう遅い。スピードを落としたという気のゆるみがあって、その一瞬をつかれてしまった‥‥。だが、120キロから110キロに落としたあとのことなので、すこしはホッとし、27キロか8キロぐらいのスピード違反だなと、すばやく計算した。ふだんは計算に滅法弱いのだが、このような計算だけには強いのだ。まあ、仕方がないな、このくらいのスピード違反ならば‥‥と、諦めの気分だ。

 ところがSAで止まると、岩手県警のおまわりさんは、スピード違反に関しては何もふれずに、

「ナンバープレート、どうしたのかね」

 と聞く。じつは北海道で、振動と排気で、ナンバープレートの中央に亀裂が入り、半分がちぎれ落ちてしまい、そのままの状態でここまで走ってきたのだ。

 パトカーのおまわりさんに、そんな事情を話した。

「家に帰ったら、すぐに、新しいナンバーをとり直すように。それと、あまりスピードを出しすぎないようにしなさい。高速道路での2輪車の事故が増えているからね。事故を起こしたら、ツーリングも台無しになってしまう。気をつけていくように」

 すると、すべてを不問にして許してくれただけではなく、やさしい言葉をもかけてくれたのだ。岩手県警のおまわりさん、ありがとう!

大森山峠越えの温泉めぐり

 東北道を水沢ICで降り、水沢の町に入っていく。伊達支藩1万6000石の城下町。北上川流域の、盛岡、花巻、北上、江刺、水沢、一関と、北から南へとつづく一連の盆地の町だ。東に北上山地、西に奥羽山脈の山々が連なっている。水沢といえば、明治31年に設立された緯度観測所で有名だ。

 水沢からは、R397で奥羽山脈に向かっていく。この道は、通称仙北街道。奥羽山脈の峠を越えて、秋田県の仙北地方(雄物川流域の横手盆地北部を中心とする地方)に通じているからだろう。

 水沢市が胆沢町に入り、奥羽山脈の山麓まで行った市野々には、伊達藩が国境警備のために置いた28番所のひとつ、市野々番所があった。

 復元された番所跡に隣り合って、新しい温泉ができている。平成3年6月にオープンしたひめかゆ温泉の「ひめかゆ&ほっと館」(入浴料300円)。近代的な設備の、気分よく入れる温泉だ。

 源泉の湯温は76度という高温。茶褐色をした塩分の強い湯。この、ひめかゆ温泉は、市野々の北西に見える奥羽山脈の火山、焼石連峰に自生する高山植物のヒメカユウにちなんでの命名だという。

 ひめかゆ温泉の高温の湯から上がり、火照った体でRMXに乗り、R397を走る。奥羽山脈の山中に入り、つづいて石淵温泉に立ち寄るつもりでいたが、新しいダムの建設予定地になっているとのことで、石淵温泉の一軒宿「翠明荘別館」はすでに消えてなくなっていた。平成5年3月で営業を終えたという。残念…。

 R397は何度か走ったことがあるが、石淵温泉には、そのたびに入りそこねていた。これで永遠に入れなくなってしまった‥‥。新しい温泉が誕生するかわりに、こうして、ダムに沈んだり、廃業したり、温泉が枯れたりして消えていく温泉もある。

 石淵ダムを過ぎると、もう、人家はない。奥羽山脈の峠に向かって、胆沢川沿いに登っていく。R397は、奥羽山脈の大森山(1150m)の南側を大森山トンネルで抜けている。この峠には、とくに名前がついていない。そこで、カソリの命名で、大森山峠としておく。地図(昭文社の分県地図「岩手県」)を見ると、大森山峠の南側に、柏峠の峠名がでているが、おそらくそれが古い時代の奥羽山脈越えの峠であろう。

 大森山トンネルを抜け、秋田県側の東成瀬村に入る。峠をわずかに下ったところで、平成5年にオープンした新しい温泉の「ジュネス休養センター」(入浴料300円)の湯に立ち寄る。さらに峠下の、R342との合流地点近くにある成瀬温泉の一軒宿「なるせ温泉旅館」(入浴料300円)の湯に入り、横手盆地の十文字に出た。

 十文字は横手と湯沢の中間の、R13(羽州街道)沿いの町だ。