賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え(20)滝ノ沢峠(青森・秋田)

(『アウトライダー』1995年6月号 所収)

北海道から東北へ

 北海道の「大雪山一周」を走り終えたあと、帯広でラーメンライスを食べてパワーをつけ、19時に出発。室蘭までの一気走りをした。

 R274で日勝峠を越えて日高へ。そこからR273→R275経由で苫小牧へ。

 さらにR36を走り、23時、室蘭に到着。

「帯広-室蘭]間の260キロを4時間で走り、23時30分発の青森行きフェリー東日本フェリーの「びるたす」に間に合った!

 青森までの6時間あまりは、バタンキューの爆睡状態.目がさめると青森港に着いていた。寝ている間に目的地に着けるありがたさは、フェリーならではのものだ。

 東日本フェリーの「びるたす」は、6時20分に青森港に到着。

「インドシナ一周10000キロ」を走ったスズキRMX250Sともども、夜が明けてまもない青森港の岸壁に立った。

 しばらくは海を眺めていた。この瞬間がたまらない。旅している喜びが胸にこみあげてくる。

 と、同時に、

「東北を走りまわってやるゾ!」

 といった、新たな力が体中に湧き上がってくるのだ。

 旅立ちは、なんといっても朝がいい。

黒石での美人ウォッチング

 青森からは、羽州街道のR7を行く。ゆるやかな山並みを越えて津軽平野に入る。

 浪岡でR7を離れ、県道で黒石に向かう。右手には“津軽富士”の岩木山が平野のかなたにそびえ、左手には八甲田連峰の山々が連なり、いかにも津軽といった風景を見せていた。

 黒石に着くと、まず、弘南鉄道の黒石駅に行く。

 自販機で買ったカンコーヒーを待合室で飲みながらの“美人ウォッチング”だ。

 津軽は日本有数の美人地帯。カンコーヒーを飲みながら、通学の女子高生や通勤のOLにさりげなく目をやるのだった。

黒石温泉郷の温泉めぐり

 黒石からは、R102の、十和田湖の滝ノ沢峠を越えていくのだが、ルート沿いには点々と温泉があり、総称して黒石温泉郷と呼ばれている。黒石市と平賀町にまたがる、この黒石温泉郷の温泉を総ナメにするのだ。

 第1湯目は、黒石の町外れにある富士見温泉。一軒宿の「富士見旅館」(入浴料300円)の湯に入る。気分よく朝風呂に入ったが、「帯広-室蘭」の一気走りの疲れも、津軽海峡の船旅の疲れも、スーッと抜けていくような快さがあった。

 ここではありがたいことに、湯から上がると、宿のおかみさんは、朝食をつくってくれた。浴衣まで用意してくれた。このあたりが、東北人のなんともいえない心の温かさ。

「ゆっくりしていきなさい」

 というおかみさんの言葉に甘え、朝食を部屋で、テレビを見ながら食べたが、まるで一晩、宿にとまったかのようなやすらぎをおぼえた。それでいて、休憩料や部屋代は一切とられず、払ったのは朝食代だけだった。おかみさん、ありがとう。

 黒石から滝ノ沢峠へ、浅瀬石川沿いに、R102を走りはじめる。天気は崩れ、雨が降りだす。ほんとうは辛いのだが、

「温泉に入るのだから、雨なんか、関係ない」

 などと強がりをいって、雨の中を走るのだ。

 第2湯目は、平地から山地に入ったあたりの長寿温泉。国道からわずかに入ったところにある一軒宿「松寿荘」(入浴料250円)の湯に入る。ここは公衆温泉浴場にもなっていて、外来者の入浴時間は午前6時から午後10時までと、きわめて入浴しやすい。地元の常連さんたちの絶好の社交場でもあり、湯につかりながら聞くみなさんの世間話が、温泉ならではのよさというものだ。

 第3湯目は、黒石温泉郷の中心ともいえる温湯温泉。400年ほど前に神山右仲という人が、川辺の葦原で片足を傷つけた鶴の浴する姿をみて不思議に思い、その地を調べて温泉を発見したといい伝えられている。

 この温泉発見伝説からもわかるように、歴史の古い温泉場で、共同浴場を取り囲むように、全部で10軒ほどの宿がある。“温泉客舎”と書かれた、古びた看板を掲げた宿も見受けられるが、“客舎”とは今風にいえば民宿といったところか。湯は外湯で、共同浴場に入りに行く。これが日本の温泉宿の伝統的なスタイル。温湯温泉には、日本の温泉地の古い形態がしっかりと残されている。

 ここでは共同浴場「温湯温泉大浴場」の湯に入ったが、入浴料は130円と安く、入浴時間も午前4時から午後10時40分までと長い。温泉はこうでなくては!

 第4湯目の落合温泉でも共同浴場に入った。入浴料の100円を料金箱に入れるようになっている。第5湯目の板留温泉では「丹羽旅館」(入浴料300円)の湯に入り、ちょっと豪華な温泉気分を味わった。温湯、落合、板留の3湯は、隣り合った温泉同士なので連チャンの入浴となり、湯疲れでけっこう足腰にきた。フニャフニャ状態でRMXに乗るのだった。

青荷温泉と温川温泉の混浴露天風呂

 R102から8キロほど山中に入った青荷温泉は、ランプの宿で知られる一軒宿の温泉で、黒石温泉郷のなかでは一番の秘湯だ。

「青荷温泉旅館」(入浴料500円)ではまず、「龍神の湯」と名づけられている内湯に入る。入口こそ男女別々だが、浴室では男女が一緒になる混浴の湯。胸をときめかせて入ったのだが、残念、男だけだった‥‥。次に、やはり混浴の露天風呂に入る。ここでは、ぼく一人で、広い湯船につかった。

 湯から上がると、なんと、3人組の若い女の子たちがやってくるではないか。おー、アンラッキー‥‥。人生とはこういうものだ。また入りなおすのでは、ぼくの魂胆が見え見えなので、そのまま出てしまった。だが青荷温泉を離れても未練がましく、

「失敗したなあ。やっぱり戻るべきだった」

 と、後悔してしまうのだ。

 雨の降りつづくR102を走り、黒石市から平賀町に入る。浅瀬石川をせき止めた人造湖、虹ノ湖の湖畔にある虹ノ湖温泉では、「虹ノ湖温泉」(入浴料200円)という食堂で入浴&食事。湯から上がり、昼食を食べたが、食後、お茶を飲みながら食堂のオバチャンと話した。オバチャンの話がよかった。その中で、

「平賀にはね、数えきれないほどの温泉があるのよ」

 という言葉が心に残る。

 まさに食堂のオバチャンの言葉どおりで、平賀町内には、平賀温泉や南田温泉、柏木温泉、唐竹温泉など、温泉の数は全部で40近くにも達する。温泉公衆浴場も何ヵ所にもあるという。まさに知られざる“温泉天国”といったところだが、“温泉のカソリ”、いたく胸をくすぐられ、

「よし、今度は平賀町内の全湯制覇をしてやろう」

 と、旅の途中でありながら、また新たな旅のプランに夢を馳せるのだった。

 つづいて、国道から1キロほど入った小国という集落に行き、小国温泉の湯に入る。温泉とはいっても、「小国保養所」の看板のかかった共同浴場があるだけだが、100円の入浴料を料金箱に入れて湯につかる。ジャスト適温。湯は際限なく流れ出、湯船に身をひたすと、ザーッと盛大な音をたててこぼれ出る。

 黒石温泉郷の最後は、最奥の温川温泉。滝ノ沢峠の峠下の温泉だ。ここでは、「温川山荘」(入浴料300円)の混浴露天風呂“藤助の湯っこ”に入ったが、ブナやカエデの樹林に囲まれた、自然との一体感を存分に味わえる湯だ。周囲は色鮮やかな紅葉で、色づいた落ち葉が湯に浮かんでいた。

 昔、このあたりで、平六(温川の下流の集落)の北山藤助さんという人が、自給自足に近いような生活を送っていたという。渓流でヤマメを釣り、周囲の山々で春には山菜、秋にはキノコを採り、川原に石を積み上げてつくった露天風呂で温泉三昧をする毎日。今の時代でいえば、アウトドアの達人だ。そんな藤助さんにちなんで“藤助の湯っこ”と名づけられたとのことだが、秘湯の温川温泉らしい話ではないか。

 温川温泉の露天風呂、“藤助の湯っこ”から上がったとき、ぼくはガッツポーズをとりたくなったほどの満足感を味わった。黒石温泉郷の全9湯に入ることができたからだ。

十和田カルデラの滝ノ沢峠

 温川温泉を最後に、R102で滝ノ沢峠を登っていく。雨足はいよいよ速くなる。たたきつけるような雨をついて、RMXを走らせる。

「寒いよー」

 と、泣きが入る。

 ただひたすらに我慢、我慢で峠道を登りつづけ、ついに標高698メートルの滝ノ沢峠に到達した。峠ではミゾレまじりの雨だった。

 滝ノ沢峠の休憩所でひと息入れ、展望台に立つ。だが、足下の十和田湖はモワーッと霞んでいた。残念‥‥。

 峠でR102と分かれ、R454で秋田県小坂町に入り、十和田湖畔の滝ノ沢に下っていく。黒石側から見れば、十和田湖の滝ノ沢に通じる峠なので、滝ノ沢峠なのだ。

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やっぱり管理人コメント:えええっ! オナゴ3人を前にしてスゴスゴ出たんですか~! らしくないっすよ! てか、何か隠しているんじゃ???