賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

秘湯めぐりの峠越え:第12回 美幌峠

 (『アウトライダー』1995年4月号 所収)

釧路湿原の細岡展望台

 知床半島の温泉めぐりを終えたあと、釧路から国道391号を北へ。RMXを走らせ、弟子屈(てしかが)に向かう。

 国道391号は釧路湿原の東側を通っているが、ちょっと寄り道して、釧路湿原を見下ろす細岡展望台に立った。

 足元には、日本最大の湿原、釧路湿原が茫洋と広がっている。その風景はいったい、何と表現したらいいのだろうか……。

 ぼくはアフリカの旅が長かったので、すぐにアフリカと結びつけてしまったが、東アフリカの、野性動物の楽園の草原地帯を連想した。目をこらせば、ゾウやシマウマ、バッファローの群れが見えるような気がした。

 日本で最後に国立公園に指定された釧路湿原は、屈斜路湖を水源とする釧路川流域の大湿原。その釧路川が大きく蛇行して流れている。

 川の流れていく先には、白っぽく見える釧路の町並みが広がっている。

 目を上流に向けると、正面の雌阿寒岳、右手の雄阿寒岳を中心とする阿寒の山々を眺める。

 湿原の対岸に突き出た丘陵地には湿原を海に見立ててのことなのだろう、「宮島岬」、「キラコタン岬」といった地名がつけられている。

 釧路湿原の風景を目の底に焼きつけると、釧路川左岸の丘陵地帯の仮監峠を越え、シラルトロ湖の湖畔に出る。

 国道391号から3キロほど入った茅沼温泉に行き、「くしろ湿原パーク憩いの家かや沼」(入浴料400円)の大浴場と露天風呂に入った。泉質はかなり塩分の濃い食塩泉。湯につかりながら湖を眺める。

 つづいて国道391号から1キロほど入った田園の一軒宿、標茶温泉「味幸園」(入浴料400円)の湯に入る。ナトリウム泉で、湯量は豊富。チョコレート色した湯につかると、肌がツルツルしてくる。

 弟子屈の町に着いたところで、町中にある摩周温泉「弟子屈温泉浴場」(入浴料160円)と町はずれにある鐺別温泉「亀の湯」(入浴料150円)の、2つの共同浴場の湯に入り、摩周温泉「ホテル摩周」に泊まった。

屈斜路湖の温泉群を総ナメにする

 翌日は、屈斜路湖畔の温泉群を総ナメにする。

 まず、小雨に煙り、まったく見えない摩周湖を展望台から見下ろし、そのあとで屈斜路湖畔の第1湯目の川湯温泉に行った。

 この近辺で最大の温泉地になっている川湯温泉には、全部で30軒あまりの温泉ホテル・旅館などがあるが、入浴料100円で入れる共同浴場の湯に入った。湯から上がるころには天気は急速に回復し、抜けるような青空が顔をのぞかせた。天気がよくなると、心の中にまで青空がひろがっていくような気分だ。

 屈斜路湖畔の道を走る。

 第2湯目は、仁伏温泉。湖畔の「屈斜路湖ホテル」(入浴料400円)の湯に入る。内風呂と露天風呂の両方の湯に入る。露天風呂の湯船の底には、小石が敷きつめられ、足で踏むその感触がなんともいえずに気持ちいい。

 第3湯目は、砂湯温泉。湖畔に木枠で囲った露天風呂があるが、観光客が大勢やって来るところなので、ちょっと恥ずかしくて入れない。そこで、熱い湯に手をひたし、顔を温泉の湯であらってごまかした。

 第4湯目は、池ノ湯温泉。湖畔には無料の露天風呂がある。その広さといったらなく、高級温泉ホテルの大浴場並み、いや、それ以上の広さなのである。自分一人で独占する大露天風呂の湯につかりながら屈斜路湖をながめていると、自分と北海道の大自然が一体になったような陶酔感にも浸ってしまうのだ。

 第5湯目は、古丹温泉。やはり湖畔に無料の露天風呂がある。湯船は2つに分けられ、いちおうは男湯と女湯になっているが、お互いにまる見え。このあたりのおおらかさが、いかにも北海道らしい。

 第6湯目は、和琴温泉。湖に突き出た和琴半島のつけ根に、やはり無料の露天風呂がある。だが、残念ながら熱くて入れず、すぐ近くの温泉宿「ホテル湖心荘」(入浴料400円)の湯に入った。

 この、和琴温泉の無料湯の露天風呂は、ぼくにとっては忘れられない思い出の湯。厳冬期にバイクを走らせ、「釧路⇔稚内」を往復したが、そのとき、露天風呂のわきにテントを張って一晩、野宿したのだ。

 2時間以上も湯につかり、体を十分に温めてから寝たのだが、夜中の寒さには泣かされた。猛烈な冷え込みで、明け方には、気温は氷点下26度まで下がった。温泉で使ったタオルは、テント内に入れておいたのにもかかわらず、まるでコンクリートの棒のように、カチンカチンに凍りついていた。

美幌峠のジンギスカン

 和琴温泉を最後に、屈斜路湖畔の温泉めぐりを終え、国道243号で美幌峠を登っていく。峠道を登っていくにつれて、どんどんと見晴らしがよくなる。

 弟子屈町と美幌町の境の美幌峠は標高493メートル。屈斜路カルデラの外輪山の峠。 美幌峠からの展望は抜群。北海道屈指の絶景峠だ。とくに弟子屈町側の眺めがいい。

 左手に斜里岳を望み、正面の山並みの間には、摩周岳が顔をのぞかせている。真下には屈斜路湖が広がり、その中にはぽっかりと中島が浮かんでいる。さきほどの和琴半島が、チョコンと湖に突き出ている。その右手には、うっすらと噴煙をあげる硫黄岳。峠を覆いつくすクマザサが風に揺れて鳴っている。

 この美幌峠を境に、弟子屈町は太平洋側に、美幌町はオホーツク海側に分かれるが、厳冬期に美幌峠を越えたときの、両者の違いはきわめて大きかった。

 太平洋側は猛烈な冷え込みだったが、積雪はたいしたことはなかった。ところがオホーツク海側は、気温はそれほど低くはなかったが、太平洋側をはるかに上回る積雪だった。

 美幌峠からの眺望をしっかりと目の底に焼きつけたところで、峠のレストランで、ジンギスカンを食べる。ジンギスカンといえば、北海道を代表する郷土料理。

 ぼくは、ジンギスカンを食べると、

「あー、北海道にやって来た!」

 と、実感する。

 さっそく、美幌峠のジンギスカンを食らう。

 独特の兜のような形をした鉄鍋で、羊肉と付け合わせの野菜類を焼いて食べるジンギスカンは、ボリューム満点の料理。ずっしりと腹にたまる。このジンギスカンにかぎらず、北海道の料理というのは、どれをとってもボリューム満点だ。

 量の多さは、北海道料理の大きな特徴になっている。

 食べ方にしてもチマチマ焼くのではなく、ドサッと羊肉や野菜類を入れ、豪快に焼く。すべてが大陸的なのである。

 羊肉はくさみが強いとよくいわれるが、北海道のジンギスカンに関しては、そのようなことはない。羊肉を食べる習慣が、日本の他地方よりも根強いことが影響し、ジンギスカン用の羊肉専門の会社もあるほどで、それだけ羊肉の食べ方の研究もなされているのだろう。羊肉は焼きすぎると固くなってしまうので、まだすこし赤身が残っているくらいのをタレにつけてたべたが、いくらでも食べられるほどのうまさだ。

 ところで、この兜形の鉄鍋で羊肉を焼いて食べる料理が、どうしてジンギスカンと呼ばれるようになったのかは諸説があって定かではないが、日本人が名づけたことは間違いないようだ。中国北方の、羊肉を鉄板の上で焼いて豪快に食べる料理方法の日本化したものがジンギスカンだとのことだが、その料理がモンゴルの英雄ジンギスカンに結びついたものなのだろう。

 美幌峠のジンギスカンに十分に満足し、美幌の町へと下っていく。美幌からは国道39号で網走へとRMXを走らせたが、日本離れした北見の広大な農地がはてしなく広がっていた。

網走から釧路へ、釧北峠越え

 網走港でオホーツクの海を見たあと、国道39号で美幌まで引き返し、美幌からは国道240号で釧北峠へ、さらには釧路を目指す。この国道240号は、道東の太平洋岸とオホーツク海岸を結ぶ一番の幹線になっている。

 美幌町から津別町に入ると、平原は消え、ゆるやかな山々が迫り、前方には阿寒の山々が見えてくる。津別の中心街を通り抜け、釧北峠へと一気に登っていく。

 オホーツク海側の北見と、太平洋側の釧路の境の釧北峠は標高610メートル。阿寒カルデラの外輪山の峠で、エゾマツやトドマツの針葉樹で覆われている。

 釧北峠を下ると阿寒湖だが、その前に、寄り道をする。

 釧北峠を下るとすぐに、国道241号との分岐があり、国道241号で足寄峠を越え、国道を左に折れ、雌阿寒岳(1503m)山麓の雌阿寒温泉に行く。

 ここでは「野中温泉別館」(入浴料300円)の湯に入ったが、男湯の浴室に入って、ビックリ!

 3人のオバチャンたちが、男湯と女湯を間違えて入っていた。オバチャンたちは、まるで少女のような恥じらいを浮かべ、

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイネ」

 と、口々に謝りながら、女湯の方に逃げていった。ぼくは全然かまわないのに‥‥。

 ここの内風呂は木の湯船に木の洗い場。湯量も豊富で、露天風呂もある。硫黄泉特有の匂いが、よけいに温泉を感じさせる。雌阿寒温泉は、気分よく入れる温泉だった。

 雌阿寒温泉からさらに奥に入っていくと、神秘的な湖のオンネトーを左に見、さらにその先の駐車場にRMXを止め、湯滝まで歩いていく。オンネトーの湯滝は、湯が滝となって流れ落ちているのだ。

 15分ほど歩くと、湯滝に着く。滝壺の湯は、若干、温め。それでも十分に入れる。その天然無料露天風呂わきの岩には忘れ物。女性の下着だ。

「あれ、これ、何だろう」

 などどとぼけて、白いパンツとブラジャーをつまみあげた。

「これを忘れていったひと、そのあとどうしたんだろう……」

 などと余計な心配をするのだ。

 湯滝の上に上がると、岩風呂がある。男女別の脱衣所もある。

 岩風呂には先客がいた。2人の若い女性。一人は水着を着ている。もう一人はバスタオルを体にくいこむくらいにギュッと巻きつけている。そんな先客2人と一緒に露天風呂の湯につかった。

 名残おしかったが、オンネトーの湯滝を後にし、来た道を引き返す。

 足寄峠を越え、釧北峠下まで戻る。そして阿寒湖畔へ。阿寒湖遊覧の船着場近くにある阿寒湖畔温泉の共同浴場「まりも湯」(入浴料320円)に入り、それを最後に、一路、釧路へと国道240号をひた走った。